むしろ、アナログからのこうそくダビングできたらなぁ・・・。
然し直前になって纏まってしまいます。国の介入です。これがないとウハウハ出来ないからです。慌てた国は両者に我々の血税からの何某等のお金を包んで納得させたようです。長い目で見れば我々の血税からの何某等など端金ではありません。そう云い含めて、三者共にニコニコです。世界から見れば、あんな茶番はありません。将来に於いて、このダビング10を巡って争いとなる事は間違い無いでしょう。
理由は云うまでも無く著作権保護を隠れ蓑にした利権構造の象徴だからです。新自由主義が幅を来しているアメ公がいちゃもんを付けるに決まっています。数年もしない内に規制緩和を世界を利用し訴える事でしょう。そこでも外資系が規制緩和の煽りに伴う付け入る隙を狙って市場を席巻する筈です。著作権の市場化も有り得ます。
日本音楽著作権協会(JASRAC)の解体も出て来るかも知れません。日本人による利権構造に塗れた団体等、外資系には必要無いからです。寧ろ、自分達で新たな団体を作る筈です。今よりはきつい監視がなされるかも知れません。何でこんな処まで、いちゃもんを付けるのが多発しそうです。下手するとハミングしただけで請求されるかも知れないのです。
まあ、以上の事は飽くまでも持論です。実際は違ったものになる可能性が大です。処でダビング10って効果あるのでしょうか。或る種の方々には無効果となりそうです。幾らでもダビング出来るように解析突破するからです。或る種のデータ信号を付け加えるだけで無制限になる筈です。実際にダビング不可のものが突破されています。絡繰りは複雑ですが、人間様の考えたもの等、高が知れています。そんなものにお金を掛けるよりは、無制限による市場拡大策が現実味があると思うのですが、利権で喰いたい輩が居る限り無理なのでしょう。だから或る意味後進国なのです。
そこまでしたいのか・・・。
生活保護世帯への地デジチューナ配布などを取りまとめ
6月23日22時30分配信 Impress Watch
総務省の情報通信審議会 情報通信政策部会(第30回)が23日開催された。同政策部会の委員会から、第5次中間答申に向けた報告が行なわれた。
■ 生活保護世帯への簡易チューナ配布を提言
「地上デジタル放送推進に関する検討委員会」で協議が行なわれていた「地上デジタル放送の在り方」ついては、中間答申案がまとめられて、承認された。
同案は、2011年のデジタル放送完全移行に向け、「今後3年間を最終段階と位置づけて」まとめられた。難視聴対策のための衛星放送の活用や、アナログテレビへのシール貼付、放送終了の告知のためのメッセージ表示、地上アナログ放送終了後のアナログテレビのリサイクルなどが盛り込まれている。低価格チューナの開発/流通については、「2009年夏までに実現できるよう取り組むべき」と言及している。
加えて、地上デジタル放送の完全移行に向け、生活保護世帯を対象に、国が専用チューナを無償で支給する方針を決定した。2007年の第4次答申で触れている「自己負担による購入」を原則としながらも、「経済的な理由により、必要最小限の対応すらできずに、テレビが視聴できなくなり、災害時も含めた必要な情報をこれまで得ていたのに得られなくなる事態が生じることのないよう、支援を行なうことが適等」とし、2009年度から生活保護世帯を対象に、簡易チューナの無償給付を行なうよう提言している。
2006年度の生活保護世帯は約107万世帯で、これらの世帯が対象となる見込み。なお、給付の方法については、「現物給付を基本とし、国において具体的検討を行なうべき」としている。また、現物給付による一括発注により、簡易チューナの低価格化も促していく。さらに、必要に応じて室内アンテナの給付や屋外アンテナの回収等の支援も検討すべきとしている。
また、2008年秋に全国10箇所に「テレビ受信者支援センター(仮称)」を設置。センターは地方公共団体や放送事業者、メーカー、工事事業者、販売店などが協力し地域密着型の組織として運営。説明会の開催や工事業者の紹介などを担当する。完全移行に向けて取り組む。さらに、「2009年初頭には全都道府県に一箇所は設置するべき」としている。
■ デジコン委員会は骨子案を提出
「ダビング10」の決着を見た、「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」からは、答申案ではなく、骨子案が提示されるにとどまった。答申案の文面等について24日に委員会で議論し、まとめる予定。
ダビング10の開始日時については、19日の委員会の合意を得たことと、Dpaが23日に開始日時を7月4日午前4時に決定したことを報告。答申案の文言については、次回委員会で確定するが、「情報通信審議会として、私的録音録画補償金の議論について早期の合意形成を図られることを期待する」との趣旨の骨子案に対して、同委員会の委員を努める消費者団体の代表からは「ダビング10と補償金の問題を切り離す、としているが、もともと委員会で補償金の問題を扱っていたわけではない。“期待する”というという人がいるのはわかるが、“期待していない人もいる”(高橋委員)」との意見も出た。
デジタル放送のコピー生後に関わるルールの担保手段(エンフォースメント)の議論についても、前々回の委員会の内容の整理などが報告されたほか、コンテンツの取引市場の形成など取り組みなどについても報告された。これらも、24日の委員会の議論を受けて中間答申案を決定する。
正確には生活保護世帯だけではなく、貧素な年金生活世帯も含まれています。引用記事では生活保護世帯のみで展開していますが、それだけでは人気取りにならないと判断した康夫の一言で先程の世帯も含まれる様になったようです。例のあの方が強引に進めた後期何たら何たらに対するお詫びのつもりで一言が付け加えられた様です。
アナログ波が停止されたその日から民間放送局は一気に冬の時代へ突入する事でしょう。抑、地上デジタル放送電波受信を一方的に強制した理由は利権構造確立の為です。国とテレビ局と大手電機メーカーの思惑が一致した事に有ります。更なるお金儲けに国民を利用する悪辣なものです。国が国なら、これも大暴動に発展する重大なものです。
前にも語った事が有ります。大いなるシカトです。存在を一切無視する事です。これが一年以上続いたら、先程の三者は苦境に立たされます。下手すると二進も三進も行かなくなって潰れる処も出そうです。国民の大いなるシカトに業を煮やした国はアナログ波再発信を命ずる羽目に陥るでしょう。若しくは全世帯に簡易チューナ又は標準チューナを散蒔く事で事を納めるかも知れません。
既に知っているかも知れませんが、デジタル放送受信機で大きな問題が有ります。そう、タイムラグです。ワンテンポなら我慢が出来ましょうが、ワンテンポならぬ深呼吸の間です。約二秒位のタイムラグが有るのです。これは大きな弱点です。緊急災害時には一切役立たない通信手段となっています。寧ろアナログ放送の方が通信手段と云う限定に限れば数段上です。
もう一つ有ります。荒天時には一切役立たないのです。ブロックノイズの嵐となります。颱風や大雨等は、ラジオ等の代替通信手段が無い限り、緊急災害孤立難民となりうるのです。小さな政府促進故に、一般庶民が野晒しにする意図がありありと窺えます。そこまで語ったら、何故急いでデジタル放送に進みたがるのか・・・そういう事なのです。
あくとくがさかえるごじせい・・・。
「単語の数増えると理解不能」 部下に言われちゃった偽装社長
6月27日20時5分配信 J-CASTニュース
岐阜県養老町の食肉卸販売業「丸明」がブランド和牛「飛騨牛」の等級などを偽って販売したとされる問題で、同社の吉田明一社長が会見し、謝罪した。この日の会見では、最初はうつむいて「申し訳ありません」を繰り返すばかり。話し始めたと思ったら、会見に同席した広報担当者に「質問されていることと答えていることが違う」などと指摘されてしまうほどの「トンチンカンぶり」だった。
■何聞かれてても「申し訳ありません」繰り返す
「すべては会社の取締役、私に責任があります。おわび申し上げます。どうもすいませんでした」
2008年6月26日に開かれた会見冒頭で、吉田社長はこのように謝罪した。これまで偽装については「従業員がやった」などと豪語していたが、この日は「従業員のせいにしましたことをおわび申し上げます」と一転して自身の責任を認めた。
この問題は、2等級の牛肉をブランド牛を「飛騨牛」と表示できる3等級として販売していた等級偽装、消費期限の切れた牛肉の混入、加工日の改ざん、豚肉の産地偽装などの疑惑が、従業員の証言から発覚したというもの。
会見で吉田社長は、「元従業員への謝罪は?」と記者から聞かれても「申し訳ありませんでした」。「謝るだけではなく説明が必要では?」と追及されても「申し訳ありません…」。「社長の指示で偽装を仕方なくやったのでは?」にも「申し訳ないです…」と繰り返すばかり。
「2等級の牛肉を3等級として売ったのか」という問いについては、「一部そういうことも。2等級でも3等級の値打ちもあります。それは、その品物で評価して、こういう品物の値打ちがあるんじゃないかと、私が評価しました」と、自ら「等級偽装」をしていたことを認めた。しかし、「飛騨牛として売れと言った覚えはないという意味なのか」という問いには、
「それは解釈のしようでございます」
と訳の分からない回答をし始め、「飛騨牛に偽装しろとは言ってないのか」というさらなる問いには「それはお宅さんの判断に任せます」とはぐらかした。
丸明の広報担当者からは、会見の途中
「(吉田社長は)単語の数が増えると理解できないので、なるべく区切りながら、社長に質問されるときはなるべく区切って質問していただけますか」
という異例の「お願い」が飛び出す始末。しかし、その後も吉田社長のトンチンカンな発言は続く。
■「社長、質問されていることと答えている内容が違います」
「消費期限の偽装」について、広報担当者が「社長の指示で混入していた事実はあります」と述べると、吉田社長は「うぅ」と何か言いたげな様子に。具体的な指示について聞かれると、社長からは、
「話しますと、製造日なら、40日で10のセットの日付してあります。普通は50日でできるんですね、中の生肉としてね…」
とこれまた訳のわからない「お話」が。広報担当者がたまりかねたのか「社長すいません。質問されていることと答えている内容が違います」と指摘。
「そうか…そういう細かいことから指摘しないと、皆さんがわかりませんもんで、私は細かいとこから説明しようと思いました。まま、そういうわけで、すいません」と口ごもった。それでも記者から「どうぞ続けてください」と諭されたが、「ままま、もよろしいです」と、これまた訳が分からぬまま話は中断。消費者を欺いたのでは、という指摘についても、
「消費者を欺いたというのか、私はそういうことで、(消費期限の改ざんは)何回か以上ありますよ。それは私もしましたということを認めています。それはごめんんさいということね。はい」
といった不明な言動が繰り返された。
また、ブランド豚「美濃ヘルシーポーク」をほかの豚肉と混ぜたとされる疑惑については、「ありません」と社長は全面否定したが、広報担当者は「社長は混ぜてないと証言したが、調査中で『ない』とは言い切れない」などと説明。記者の「人気の高い豚」という発言を吉田社長が「ミンチ?」と何度も聞き返す場面もあった。
吉田社長は社長を辞任する意向を明らかにしているが、一方で、「ヒラ」の社員として会社に残るなどと述べ、
「従業員が育つまではね、私の40年のね、経験を、やっぱりあの、仕入れ・販売すべて、私のすべてのノウハウをすべて、すべてやないですよ、いいとこをとりあげてもらって、それを会社員がいい方向にまいていけるように協力させていただきます」
と話している。
さらに、会見の終盤では「偽装の指示はしてないのか」という念押しの質問に、「偽装の指示?! 私、偽装しようなんて思ってませんもん」と「大どんでん返し」の発言も。そして、トンチンカン会見は一方的に打ち切られた。
丸明は現在営業休止状態で、ホームページも閉鎖。本社に電話をかけても誰もでない状態が続いている。
中々のキャラクターです。ネット上で口さがないお子ちゃま何たらの輩にとって良い鴨です。又、何とかの出身と勝手に解釈して、信ずる思想に基付いた上での罵詈罵倒を浴びせ掛ける対象となっています。然し乍ら、此奴は社長業を今まで平然とこなしてきました。オツムの中味が貧弱であっても、不祥事が発覚するまで会社を存続させてきた経営手腕は相当なものです。
知性が若干足りなくても社長は出来るのです。実行力の有無の差に尽きます。それこそが実社会に於ける人生の質の差なのです。ネット上でギャアギャア騒ぐだけで何かを変えようとする気概も無い輩には到底理解出来ないでしょう。実社会では行動力こそが全てなのです。そう、自ら動かなければ、人としてその時点で終わってしまうのです。
行動力と云っても身体を動かす事のみを指している訳ではありません。或る目的に向かう気概そのものを指しています。何かを変えようとネット上で大勢の見知らぬ方々に賛意を呼び掛けるのも実行力の内です。ですが、呼び掛けただけで終わってしまえば、それは実行力とは違うものとなります。実社会に於いて影響力を伴わなければ、机上の空論に過ぎないのです。
自分も周りもそして社会にも影響力を及ぼすものがそうなのです。その点に於いては、あの社長の行動力は自分と周りだけのみが良い影響力を及ぼしているだけに過ぎません。過ぎませんが、残念乍ら、これも又、実行力の内に入るのです。曲解すれば、あの方のやった似非改革も実行力の内に入るのですから、誠にアホらしいとしか云えません。
徳性の有無の差が善悪の差を決定付けます。実行力があっても実社会に悪影響を及ぼせば悪徳となります。徳性って非常に曖昧な概念です。漠然としたものです。独りよがりになれば自分に取って美徳になってしまう代物です。社会情勢によっては悪徳とされたものが美徳になる場合もあります。当然反対も然りです。あの社長のやった行動力も、社会が変われば、周りから高徳の御仁と賞賛されていた事でしょう。それだけに人の心も移ろい易い事も付け加えておきます。まあ、どこでもやっている行動力ですが・・・。
つらをよくみてごらんなさい・・・。
実は派遣請負の類に文句をうだうだ云っているのは後者だけなのです。前者は文句等一切出て来ません。後者の類に当て嵌まるのは、語弊が有るかも知れませんが、無能と云う文字がぴったり似合う人です。平たく云えば、与えられた仕事が満足にも出来ない人です。この場合スキル云々は意味が有りません。スキルに担う労働対価が全く出来ない人でも有るのです。
業界事情を知っている方には理解出来ると思いますが、製造の分野に於いては、大昔に派遣請負の類は既に行われていました。所謂、偽装と名が付く類です。そんな時代でさえも、後者の類に当たる輩は直ぐに文句を云い出す始末です。しかも、派遣先の正規雇用社員の月給を上回る賃金を貰っていたにも拘わらずです。
何となく理解出来ますね。そう、後者はお金に汚い輩が多いのです。仕事も満足に出来ない癖に、待遇を楯に派遣先企業や派遣請負企業から意地汚くもっとお金をぼろうとしていたのです。そんな過去が有ったので、派遣請負の類が戦力的に下へ下へと移行していきます。そこに新自由主義の概念が入ってきます。あんな輩が居るからと云う理由で、安く扱き使う事になってしまいます。
派遣請負にもランクが有るのです。高スキルには上流が待っています。中は有りません。全て一般として奴隷搾取の対象にされています。近い将来、日雇いの類が禁止されようとしています。これも後者に当たる輩が性懲りも無く待遇面に於いてギャアギャア文句を云い続けた結果です。これで日々の生活を凌いでいた方は、禁止された途端に路頭に迷う処か、首を括る場所を探す羽目になるかも知れません。結局は自分で自分の首を絞める悪循環を繰り返しただけに過ぎません。
なんかぼけているような・・・。
日産“鳴り物入り”のディーゼル車にディーラー拍子抜け
6月23日13時53分配信 ダイヤモンド・オンライン
「完全に拍子抜け」「竜頭蛇尾とはこのことではないか」。
複数の自動車業界関係者がこう酷評するのは、日産自動車が今年秋に発売するクリーンディーゼル車「エクストレイル」である。このクリーンディーゼル車は、世界で最も厳しい米国のディーゼル排ガス規制の基準をクリアしているだけでなく、2009年度に日本で実施予定の排ガス規制にも対応したエンジンを搭載。これほどクリーン度の高いディーゼルエンジンの投入は、むろん、日本で初めてである。
それなのに、なぜ冒頭のように酷評されるのか。じつは、日産は昨年8月、他のメーカーに先んじて、クリーンディーゼル車を日本市場に投入すると発表、日産のディーラーやユーザーでは「いまか、いまか」と、その期待度は高まっていた。だが登場したのはマニュアル(MT)車のみ。それだけにディーラー側の落胆ぶりは大きかったのである。
ある販売店の営業マンは「昨年からクリーンディーゼル車の発売を楽しみにしていたお客さんに『MT車では妻が運転できない』と文句を言われてしまいました」と残念がる。販売台数も「せいぜい月100〜200台も売れれば、御の字」と業界関係者は見積もる。
それにしても、なぜMT車だけなのか。ある日産関係者によると、「AT車の技術は確立されているが、低コスト化の面で課題が残っていた」という。つまり、現時点では十分に納得できるAT車が完成できなかった、ということか。
そもそもクリーンディーゼルエンジンの開発は、ホンダが先行していた。それだけに、業界内から「単に“国内初”の称号が欲しかっただけではないか」等の揶揄する声が上がるのも無理はない。
もっとも、日産はMT車のみにした理由は別にあると強調する。薄葉洋常務は「(当初、AT車の発売を見送ったことについて)社内でも議論を尽くし、正直言って悩んだ。それでも、投入する以上はディーゼルの良さを顧客に実感してもらいたい。今後の普及を考える上で、あえてMTに決めた」という。
日産によると、日本のドライバーは欧州に比べ、発進時の加速が高い走行パターンを好むという。このため、「ATでは、ターボラグのようなまどろっこしさが残るが、MTならスムーズな加速が可能で、ディーゼル本来のパワフルな走り良さが実感できる」(薄葉常務)と言うわけだ。
これを苦しい“言い訳”と見るか、日産一流の“こだわり”と見るか。いずれにせよ、2009年以降には、ホンダや三菱自動車もクリーンディーゼル車を発売の予定であり、少なくとも2010〜2012年には、その成否は明らかになるだろう。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 山本猛嗣)
マニュアルトランスミッション車と云うだけで、本当に殆ど売れないとは、時代も変わりました。随分と日本民族も柔になったものです。自動車の本来の楽しみはMT車にあります。それ以外は邪道と自分は思っています。自分は基本的にはMT優先です。オートマチックトランスミッションは何となく肌に合わないのです。
理由は燃費の悪さでしょう。お値段もMTに比べてやや高めです。何と云っても自動車本来の楽しみの一つが欠ける事が我慢なりません。クラッチペダルが無いのが厭なのです。とは云っても、自分は狂が付く程、車には興味はありません。単なる移動の手段と考えています。そう云った現実主義故に、極端に燃費が良いAT車もまあまあ好みです。
無段変速機又は変速比連続可変トランスミッションの事です。通称CVTとも云われています。これはMTとの燃費を比較して同等、若しくはそれ以上の優れものです。山坂道走行を除けば最強の変速機です。然し残念乍ら、余り普及していません。理由は、大きなトルクを要する車には使えない弱点があったからです。今は技術の進歩があって、若干改善はされているようです。
CVTがどの位凄いのかは説明しますと、恐ろしいまでの燃費の良さに尽きます。大渋滞に遭っても、燃費の良さは変わりません。MTやATが後並み燃費を落とす中、断トツを誇ります。そう云った特性故に、通常走行での燃費は云うまでも無いでしょう。然し、登坂と加速は苦手です。トルクが直ぐに伝達しない構造上の弱点です。
話が明後日に行ってしまいました。無理矢理元に戻しましょう。いつの頃から日本民族はAT車を有り難る様になったのでしょう。判然としていませんが、不器用な人が増えてきた所為かも知れません。それが年々増え続ける故に、MT車からAT車に比重が移っていったのかも知れません。不器用な人はあらゆるものに渡って不器用さを発揮します。まあ、平たく云えば使えない人と揶揄されても可笑しくありません。そんな不器用な民族となってしまった日本に明日がある訳が無いでしょう。AT車偏重社会は一種の警告を示しているのかも知れませんね。
なんぎなことになりました・・・。
さて話は変わって、ネット上限定ですが、自らの考えがみんなの考えだと勘違いしている輩が意外と沢山居ます。全体主義ではないのに同じ考えで日本が動いていると過慮しています。自らの意と異なるものが出ようなものなら、狂った様に罵詈罵倒へと走ります。本来は憂さ晴らしが目的なのですが、自分が中心とならないと気が済まない性格の様です。
これが件の加藤智大の性格と一致する訳ですが、先日語った犯罪の有無の差に過ぎません。野比のび太の様な性格の持ち主が、意外と世間にご迷惑を被る場合が有るのです。そう全て他人の所為、自分の非を棚に上げて、悪いのは全て周りが悪いと責任転嫁する素晴しい性格です。嗚呼云った性格では社会に評価される事はないでしょう。いや評価に値するに至りません。
これが貧富差に繋がる訳ですが、当然至極と云えます。あの方が素晴しい似非何たら改革をしてくれたものですから、余計に貧富差が極端へとシフトしています。中間が全く無くなろうとしている最中に今の日本があります。その所為か、先程の異常なる性格の持ち主が極度へシフトしていく傾向が窺えるのです。
怖い事です。嗚呼云った輩は小心者が大半です。小心者の怖いのは爆発が極端だからです。大きな事を仕出来す割合が極めてなのです。そう、良い方に向かえば頂点へ、悪い方に向かえば兇悪になりやすいのです。そう云う人には理性を叩き込まないと、良き方向性に至らないのです。一寸前の日本はそう云ったシステムが無尽蔵にありました。然し、今は新自由主義が元で悪徳が栄えてしまい、殆ど壊滅状態です。救済すべき輩が野晒しにされてしまい、ネット上だけに留まらず、世間様にご迷惑を撒き散らしています。
シカトもつかいよう・・・。
<大阪・西成>警察署前に労働者ら集めた労組委員逮捕
6月19日21時5分配信 毎日新聞
大阪市西成区の府警西成署周辺での労働者らによる騒ぎで、府警警備部と同署は18日、釜ケ崎地域合同労働組合委員長、稲垣浩容疑者(64)=同市東淀川区=を道路交通法(道路使用許可)違反容疑で逮捕した。黙秘しているという。
調べでは、稲垣容疑者は14日午後5時25分ごろから約2時間半、道路使用許可を得ずに署前の市道に街宣車を止めて街頭演説し、多数の労働者らを集めて通行を妨害した疑い。
西成騒動、「扇動者」の正体 「朝日新聞読ませろ」と提訴の過去も
6月22日13時32分配信 産経新聞
日本最大の日雇い労働者の街、大阪市西成区のあいりん地区で13日夕に始まった労働者らによる騒動は、西成署への抗議活動の中心だった釜ケ崎地域合同労働組合(釜合労)委員長の稲垣浩容疑者(64)が18日に道交法違反容疑で逮捕され、一気に収束した。5夜にわたって西成署の前で街宣車を使って抗議し、労働者をあおり続けた稲垣容疑者とはどんな人物なのか−。
稲垣容疑者は昭和56年の釜合労結成当初から委員長を務めている。日雇い労働者への炊き出し、労働や医療相談などを行い、「先生」と呼ぶ労働者もいるという。警察や大阪市に過激な抗議活動を行うことでも知られている。
平成16年と18年には活動をめぐって逮捕された。16年12月、今回と同様に「労働者が暴行された」と西成署に抗議し、労働者が署を取り囲む騒ぎが起きた。この際、騒ぎを止めようとした建設作業員に対し、「警察の回し者か」などと周囲の労働者に暴行を加えるよう扇動したとして傷害容疑で逮捕された。その後有罪が確定している。
18年は西成公園でホームレスのテント状況などを調査していた大阪市職員に暴行を加えて業務を妨害したとして、威力業務妨害容疑などで逮捕され、有罪判決を受けた。
また17年には、大阪拘置所で朝日新聞を購読できず精神的苦痛を受けたとして国に慰謝料を求める訴訟も提起。同拘置所では年に1回アンケートをとり、希望の多い読売、産経の2新聞に購読を限定しているためで、「2紙限定を定めた法律などは違憲だ」と主張していた。
今回の騒動では、稲垣容疑者が夕方に西成署の前に街宣車を横付けし、拡声器を使って抗議を開始。「集まれ、集まれ」と労働者を集結させ、「署長が出てきて謝れ」「警察も土方してみろ」「シェルターに泊まってみい」「労働者を差別するな」と連呼した。
ただ、警察への抗議はあおっても、投石などの不法行為を扇動するような文言はまったく発しない巧妙さ。組合メンバーとみられる男性らがカップ酒を配るときもあり、しばらくすると、署への投石が始まり、エスカレートするころには稲垣容疑者の姿は見えなくなるというパターンが5日間続いた。
連日200〜400人の労働者が集まってきたが、全員がこの騒動を支持していたわけではない。稲垣容疑者に批判的な労働者も少なからずおり、「稲垣があおってるだけや。やめろー」などと大声をあげる人もいた。
4日目の16日には近くの飲み屋の店員とみられる複数の男性が「ええ加減にしろ。警察に文句あるなら自分だけが署に行ったらええやないか」と稲垣容疑者に猛抗議。「おまえら警察のか。悪いんは警察や」と繰り返し叫び、男性らを追い払う場面もあった。
あいりん地区で労働者の支援活動を行う他の団体のメンバーもほとんどが抗議への参加を見送ったようだ。その理由は、騒動の発端になった警察官の暴行の真偽が定かでなかったことだ。稲垣容疑者らが訴える暴行の内容はこうだ。
「男性は同署3階の個室に連行され、4人の刑事に顔を殴られ、ひもで首を絞められ足げにされ、気が遠くなるとスプレーをかがされ、気がつくとまた暴行。あげくの果ては両足を持たれて逆さづりにされた」
他団体のメンバーですら「まゆつば」と話す内容に、府警も「事実無根」と真っ向から否定。「暴行する理由もなければ、まして逆さづりとは…」と困惑するしかなかった。
にもかかわらず、稲垣容疑者が抗議を続けた理由について、府警幹部はこう語っている。
「労働者の側に立つ自分をアピールして、活動へのカンパを集めやすくしているのではないか。稲垣容疑者自身、一戸建ての住宅に住み、高級車に乗っていることをどれだけの労働者が知っているのだろうか」。
日和見ではあるが一応左寄りの毎日新聞と完全なる右寄りの産経新聞との差が今の日本を表わしています。完全中立のマスメディアは、今の日本には一つも存在していません。どちらかに偏向しているのが、情けない事ですが、今の日本のマスメディアです。毎日新聞は一生懸命西成プチ大暴動を報道していましたが、肝心の首謀者がパクられた途端に収束です。一部残り火は有りますが、暴動も収束傾向です。
産経新聞に依れば、首謀者は相当のタマの様です。産経新聞特有のスタンスを抜きにしても、似非某の嫌いが窺えます。要するに、或る種の労働者達を食い物にするダニの様な輩です。日本には嗚呼云った胡散臭い輩が結構居ます。目的は云うまでも無くお金です。お金が集まるから偽りの正義を振るって居るのです。同じ音頭を取るにしても選ぶ輩を選択する必要性は大事です。
単に憂さ晴らしの為に騒ぎたい輩が居るのですから、どうしても胡散臭い野郎の口車に乗せられてしまいます。そうそう、ネット上でも居ますね。いつものお子ちゃま思考一辺倒の何たらです。欺されないぞと息巻いても結局は乗せられるのは略間違い無いです。如何に一寸立ち止まって一寸だけ考える事の必要性は、明日の聡い国民を成り立たせるのに必要不可欠か、良く分かります。
あの方もそれに近い傾向が窺えます。国民にあれだけの大風呂敷を広げながら、結局は拡げ過ぎた事からの諸悪が表面化する直前に逃げています。今の暴政の礎を作ったのは云うまでも無く、奴です。何とか平蔵も然りです。政治が停滞している状況で奴は動き出しました。一先ずの人身御供を立てて、再び天下を狙おうとしています。目的は更なる小さな政府促進です。新自由主義を完全確固たる為に動き出したのです。
まさか、再びペテンに引っ掛かろうと云う馬鹿な国民は居ないでしょうね。いや、本当に居るのだから困ったものです。悲劇を再び起こさない為には、奴には終わりを知らしめる必要性が有ります。一番いいのは国民全てがシカトです。奴の言動全てに反応しない事です。持ち上げているマスメディアも興味が無いんだなと撤収する筈です。奴が幾らギャアギャア吠えたとしても、影響力が一気に喪失します。まあ、それが出来るかどうかは、巷の風任せですが・・・。
なにかずれている・・・。
刑事責任及ばなくても…真の問題はどこにある? グッドウィル事件
6月21日20時19分配信 産経新聞
日雇い派遣大手「グッドウィル」(GW、東京)の二重派遣事件では、支店幹部らが職業安定法違反(労働者供給事業の禁止)幇助などの疑いで逮捕され、違法な派遣が常態化していた実態があぶり出された。背景には、グッドウィルグループ(GWG)に君臨し、時代の寵児ともてはやされた折口雅博元会長の経営哲学がある。規制緩和を利用した折口氏の拡大路線はグループに繁栄をもたらす一方、順法意識の低さなど組織の凋落を招いた。刑事責任は及ばなくとも、問われるべきはトップの姿勢にある。が、そのトップは今ごろ…。(森浩)
■「十訓」を胸に刻み 美しい理念と裏腹の現場
GWGには「十訓」と呼ばれる“グループ訓”がある。
「謙虚さを思いやりを持て」
「正しくないことをするな」
「守りは負けの始まりなり」
折口氏の経営哲学をまとめたものだ。
社員はこの社是を胸に刻んで、仕事に臨むよう求められた。
「毎朝、大声で唱和しましたよ。いま振り返るとジョークとしか思えない内容ですが」
元GW社員は力なく笑う。
だが、こうした美しい理念とは裏腹に、現場では「正しくないこと」が横行していた。
「支店間での売り上げ競争が熾烈だった」
警視庁保安課に逮捕されたGW企画管理部事業戦略課長、上村泰輔容疑者(37)ら4人は、逮捕される前から、利益至上主義の厳しさを捜査員に吐露していた。
「愚痴ともつかない供述がいくつも口を突いて出た」(警視庁捜査員)
警視庁の調べによると、上村容疑者らは平成18年5月から昨年6月にかけ、二重派遣されると知りながら、東和リース(東京都港区)に労働者延べ27人を派遣した疑いが持たれている。
事件の背景として指摘されているのが、GW全体を覆っていた徹底した「功利主義」だ。実際、上村容疑者らは逮捕後の調べに「東和は大口で支払いもよい安定顧客だった。本社からのノルマが厳しく、二重派遣と分かっていたが(東和リースからの派遣の依頼を)断れなかった」と、供述している。
「支店長クラスの競争は激しかった。支店長の口癖は『なんでも良いから仕事を取ってこい』だった。『守りは負け』という空気は強烈だった」
都内の支店に勤務していた別の元GW社員は振り返る。
強烈な拡大路線は、もうひとつの弊害である「人材難」を生み出した。
急成長を遂げたGWは、平成13年6月に153店だった支店数が、昨年6月には1251店に急増した。
その結果、現場は“支店長不足”に陥り、半年だった支店長研修は、わずか1カ月になった。折口氏は自著「『プロ経営者』の条件」(徳間書店)で、「支店長になれば、先輩意識も出てくる。(中略)人は教える立場になると、一気に成長が加速する」と研修の短縮を正当化しているが、入社半年程度の新人が“即席支店長”として続々と現場に立つようになった。
前出の元GW社員が仕えた支店長は、港湾業務への労働者派遣が違法であることすら知らなかったという。
「入社後、守らなくてはならない法律の説明なども、まったくなかった。大丈夫かとこちらが思うほど態勢はずさんだった」
組織の順法意識が薄れていくのに時間はかからなかった。
■二重派遣と港湾労働…悪質性高いと警視庁判断
事件の端緒は港で起きた労災事故だった。
GWから派遣された男性=当時(27)=が昨年2月9日、東京都江東区の港湾地区の倉庫で、笹田組(横浜市中区)の指示のもと、粉袋を荷台に積む作業中、荷崩れに巻き込まれて左ひざの骨折など全治3カ月の重傷を負った。
男性はGWから東和リースに派遣されていた。だが、二重派遣されていて、実際に働いていたのは、東和リースと業務請負契約を結んでいた笹田組の現場だった。
労働者の二重派遣は、派遣労働者を受け入れた企業が、別の企業に労働者を派遣し、その会社の指揮下で働かせる行為をいう。請負契約などを装うケース(偽装請負)が多い。雇用責任があいまいになるほか、間に入った企業の手数料が増えるなど問題点も多い。
また労働者派遣法では、派遣先で港湾労働に携わることを安全面などの理由から禁じている。
「他に二重派遣を行う事業者は少なくない。だが、二重派遣と港湾労働という2つが守られていないことを悪質と判断した」(警視庁幹部)
こうした二重派遣の実態を、実はGW幹部も把握していた。
GWは、東和リースに派遣された労働者が港湾業務に就いた際、日給に「特殊勤務車両手当」として、500円を支給していた。労働者から「きょうは港湾でした」などと報告を受けて、支払っていた。手当は平成16年10月から昨年6月まで東和リースに派遣されていた全員が受け取っていたという。
■120坪の豪邸、ロールスロイスなど高級外車
悪質な経営が繰り広げられた背景には、トップに君臨してきた折口氏の成功譚と経営哲学がある。
昭和36年、東京・大田区に生まれた折口氏は、裕福な環境で育ったが父親の会社が倒産して環境が一変。埼玉の家賃3万3000円のアパートに一家4人で引っ越しを余儀なくされた。中学時代には、高校生と偽ってファストフードでアルバイトをするほどで、「成功」への強い思いを募らせていった。
防衛大学校卒業後、日商岩井に入社し、ディスコ「ジュリアナ東京」を成功させ、ビジネスマンとしてのサクセスストーリーを歩み始めた。
今回の事件の舞台となったGWは、平成7年に産声を上げた。折口氏は創業メンバーではないが、まもなく代表として経営に参画した。派遣対象業務の自由化を背景に業績を拡大。16年にGWを子会社として分割し、持ち株会社「グッドウィル・グループ」を立ち上げた。
GWのほか介護保険「コムスン」などを傘下におさめたGWGは、17年にはグループ全体で売上高1400億円を達成。18年には人材派遣大手のクリスタルグループを買収した。「ディスコと介護と人材派遣」という異色の取り合わせから「儲けありき」を懸念する声もあったが、どこ吹く風。折口氏は日本経団連の理事にも就任し、こう高らかに宣言していた。
「2015年、GWの売上高は1兆円を目指す」
東京・田園調布の120坪の豪邸。ロールスロイスなど10台を超える高級外車。ボーリング場を併設した軽井沢の別荘…。折口氏の華々しい私生活も話題となった。
ただ、転落はすぐに訪れた。「偽装派遣」への逆風が強まり始めたほか、「データ装備費名目で給与を天引きされた」として労働者が給与の返還を求める訴訟を起こすなどトラブルが頻発したのである。
さらに、コムスンは業績悪化で介護事業から撤退した。
窮した折口元会長は昨年12月に代表権を返上。グループの会長職も3月に退任し、現在は、家族とともに米国に移住しているという。
「強い欲と行動力でのし上がったが、あまりに“利”にこだわりすぎた」
GW元社員は、時代の寵児をそう評している。
新自由主義の信条はそんなものです。崇高な理念も糞も有りません。始めにお金有りきなのです。あの方や平蔵が無理矢理規制緩和を強行したツケが回り回って、今の内政をガタガタにしてしまいました。景気昂揚等、もう潰えてしまいました。結局、新自由主義に乗っかった連中だけが偽りの景気の恩恵を受けただけに過ぎませんでした。国が国ならとっくに暴動が勃発し、政府が転覆していた事でしょう。
この国の民衆は諦めたのでしょう。国に楯突く気概も失せてしまっています。誰も音頭を上げようとしないのを見込んで、成る可く国に擦り寄ろうとしています。これも始めにお金有りきです。飢えるのが怖いから、粛々と仔羊の様に小さく纏まっています。いや、皮肉っている訳では有りません。これも暴政に対抗する庶民の生き様です。古今東西絶える事無く続いている庶民のしがない智慧です。
暴政が祟って国が潰れたとしても、庶民は禍害に遭わないと信じ込んでいます。いいえ、禍害は必ず有ります。運が悪ければ、虐殺の憂き目に、若しくは奴隷階級に堕とされる運命が必ず待っています。決して今より良くなる事は殆ど無いのです。譬え、アメ公の完全属国となったとしてもです。軍事的に自治は絶対に有り得ません。植民地としての恥の日々が待っています。
植民地と云う表現は使わないでしょうが、全ての日本民族は奴隷階級に堕とされる事は略間違い無いです。何か紛争が有れば、奴隷は前線に立たされます。弾除けの為に立たされる事になるのです。反対に中共やロシアが日本占拠を果たしたとしましょう。この場合、アメ公の比とならない過酷と云うには表現出来無い程の恐怖が必ず待っています。皆殺しと云う運命です。お隣の民族と共にです。
これが嫌なら、暴政と戦わなくてはいけません。戦う術は目に見える形の力だけでは有りません。暴政に一切協力しない姿勢も戦う術の一つなのです。具体例を挙げると、あらゆる税の支払い拒否です。搾取を許さないと云う態度を示す事です。暴政で痛い目に遭っている民衆の全てがそれをやれば、一夜にして国家破綻の上に国家転覆です。しかも緊急避難的な国債を発行する暇も与えずにです。後は済し崩し的に目に見える形の力が庶民の手に治まります。音頭を上げてくれる人を待っていては手遅れになります。機会はたったの一度きりです。慎重に・・・。
ネタごときで・・・。
朝日「死に神」報道に法相激怒 「死刑執行された方に対する侮辱」
6月20日11時12分配信 産経新聞
今月17日に宮崎勤死刑囚(45)ら3人の死刑執行を指示した鳩山邦夫法相を、朝日新聞が18日付夕刊で「死に神」と報道したことについて、鳩山法相は20日の閣議後会見で、「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定によって執行された。死に神に連れていかれたというのは違うと思う。(記事は)執行された方に対する侮辱だと思う」と強く抗議した。
「死に神」と鳩山法相を表現したのは、18日付朝日新聞夕刊のコラム「素粒子」。約3年の中断を経て死刑執行が再開された平成5年以降の法相の中で、鳩山法相が最も多い13人の死刑執行を行ったことに触れ、「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」とした。
会見で、鳩山法相は「私を死に神と表現することがどれだけ悪影響を与えるか。そういう軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」と朝日新聞の報道姿勢を批判した。
朝日新聞夕刊素粒子欄「死に神」の表現、鳩山法相が抗議
6月20日11時43分配信 読売新聞
鳩山法相は20日午前の閣議後の記者会見で、これまで13人の死刑執行を命令したことで、6月18日付朝日新聞夕刊1面素粒子欄で「死に神」と表現されたことについて、「大変問題だと思う。軽率な文章については心から抗議したい」と述べた。
法相は「死刑囚にだって人権も人格もある。(表現は)執行された方々に対するぼうとく、侮辱でもある」と話した。
朝日新聞は「永世死刑執行人 鳩山法相」「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」などと報じた。
鳩山法相による死刑執行命令は、17日に連続幼女誘拐殺人事件で死刑が確定した宮崎勤死刑囚ら3人の刑執行で、後藤田正晴法相が1993年3月に一時中断していた死刑執行を3年4か月ぶりに再開して以降、最多となった。
朝日新聞社広報部の話「社としてコメントすることはありません」
<鳩山法相>朝日新聞の「死に神」報道不快感
6月20日12時20分配信 毎日新聞
鳩山邦夫法相は20日の閣議後会見で、連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚ら3人の死刑執行について法相を「死に神」と表現した朝日新聞の報道に「執行された方々に対する侮辱。彼らは死に神に連れて行かれたのとは違う」と不快感を示した。
問題となった記事は朝日新聞18日夕刊1面コラム「素粒子」。執行再開(93年3月)以降の法相で最多の執行数となったことに触れ、「またの名、死に神」などと表現した。
鳩山法相は「マスコミは(執行数を)野球の打率のように論評するが、私は粛々と正義の実現のために法相の責任を果たしている」と述べたうえで、「人の命を絶つ極刑を実施するのだから、私も心境穏やかではないが、社会正義のために苦しんで執行した。恐ろしい事件を起こした宮崎死刑囚にも人権も人格もある。軽率な文章だ」と話した。【石川淳一】
「死に神」批判に猛抗議=鳩山法相
6月20日15時0分配信 時事通信
鳩山邦夫法相は20日午前の閣議後の記者会見で、就任以来13人の死刑を執行した法相を「死に神」と表現した朝日新聞の記事を取り上げ、「彼ら(死刑囚)は死に神に連れて行かれたのか。違うだろう。執行された方に対する侮辱で、軽率な記事に抗議したい」と憤りをあらわにした。
鳩山法相は「斎戒沐浴(もくよく)して(死刑囚に関する)記録を読む心境は穏やかではないが、社会正義実現のためにやらざるを得ないという思いでやってきた」と述べ、死刑執行は法相としての責務と強調した。
日本五大新聞の一つに挙げられては居るけれども、実体は東京スポーツ新聞と同様です。俗に云うネタ系全国新聞なのです。殆どが笑えないネタで占められていますが、時偶に秀逸なものが出て来ます。具体的に例を挙げると、「珊瑚礁にK.Y.」なる捏造物等が有名でしょう。そんな物議を醸す素晴しいものが出て来るものですから、意外とこの新聞を愛読する諸兄は沢山居ます。
鳩山邦夫法務大臣も愛読者だったのでしょう。朝日新聞に貶される程、この世に名誉なものは有りません。一応、表面だけでも怒りを露わにしておかないと、愛読者振りが分かってしまいます。体制に睨まれたら、罷免されてしまうからです。怒りの表情こそ露わにしていますが、内面はニコニコです。それが分かっているからこそ、当の朝日新聞社はノーコメントで謝意を表わしています。
朝日新聞の独自なスタンスが祟って、日本五大新聞から外されようとしています。余りにもネタ過ぎてです。寧ろ日本一大ネタ系新聞として確立させた方が朝日新聞にとって名誉となりましょう。そう、その分野で独占です。独占程、彼方としては好きな物は無いでしょう。これからは日本四大新聞でしがないシェアを競い合っているのを傍らに、朝日新聞だけは悠々と独占を謳歌する事になります。
因みに日本四大新聞とは、読売・毎日・日経・産経です。毎日も朝日に近い部分も有りますが、一貫として日和見主義です。都合の良い方にだけ付くどっちつかずです。読売と産経は云うまでも無いでしょう。日経は経済専門です。経済のみで全国区になるのですから、或る意味朝日よりは素晴しい努力です。独自のスタンスを極めた故の強みです。
然し乍ら、日経もやや朝日に近くなり始めてきました。そこの部分が気懸かりです。バックに何が有ったのか分かりません。今後、詰まらない事に拘れば、朝日と同じネタ系に堕ちます。日本二大ネタ系新聞に連ねる羽目になるかも知れません。その危惧を考慮すれば、毎日も可能性が有ります。十数年後、日本三大ネタ系新聞に連ねる可能性も有り得ます。はっ!読売も産経も或る意味に於いてはネタ系に近い部分も窺えます。これらも参画して、日本五大ネタ系新聞が成り立ったら・・・笑えない事となります。

どっちもどっちなんですが・・・。
ほかの天窓にも複数の古い足跡 杉並の小6男児転落死
6月19日22時48分配信 産経新聞
東京都杉並区の杉並第十小学校で6年生の中村京誠君(12)が屋上の天窓から転落死した事故で、ほかの天窓からも児童の古い足跡が見つかっていたことが19日、警視庁杉並署の調べで分かった。「人が乗ることは想定していなかった」。学校側はこう釈明するが、過去にも児童が天窓に乗って遊ぶなどしていた可能性が高く、杉並署では学校側の安全管理に問題がなかったか業務上過失致死容疑で捜査している。
■平成2年以降17人死亡
中村君は1時間目の算数で歩幅を測る授業終了後の18日午前9時25分ごろ、教室に戻る途中で屋上の天窓に乗ったところ、ドーム形のプラスチック(直径130センチ、厚さ4ミリ)が割れ、さらに金網入りガラス(厚さ7ミリ)を突き破り、12メートル下の1階に転落。頭を強く打っており、搬送先の病院で約4時間後に死亡した。
学校やマンション、公共施設などで起きた天窓からの転落事故は、平成2年以降少なくとも25件発生。世田谷区大蔵の区立総合体育館で平成17年7月、私立高2年の男子生徒(16)が屋上で遊んでいるうちに天窓を突き破って転落して死亡するなど、成人も含めて計17人が死亡している。
太陽光を効率よく採り入れる天窓は電気代を節約できる上、デザイン性にも優れているため、昭和50年代ごろから学校で設置されるようになり、マンションやホテルにも広まった。成人は屋根の補修作業など仕事中の事故が多い一方、児童・生徒らは無断侵入して遊んだり、飛び乗ったりして転落するケースが目立つ。
■人乗ること想定せず
杉並第十小では、昭和61年の校舎建設で天窓を設置し、建築基準法に基づいて3年ごとに検査。直近の平成18年10月の検査では、ひび割れや傷がないかなどを目視で確認し、異常は見つかっていなかった。
天窓を設置したプラスチック製造業者によると、こうした天窓は積雪や火災に耐えられる設計となっているが、人が乗ることは想定しておらず、天窓にも注意書きがしてあるという。
担当者は「静かに立つぐらいは大丈夫だろうが、飛んだり跳ねたりして一点に大きな力が加わると壊れることもある。過去にも転落事故が起きており、立ち入りできないように柵をつけるなど何らかの対策を講じるべきだ」と話す。
一方、国土交通省は「この学校の屋上は人の出入りを前提にしておらず、天窓自体に問題があったとは考えにくい。逆に屋上に立ち入る際は十分な注意が必要だった」としている。
■安全管理に問題か
杉並署では屋上のほかの天窓でも複数の児童の古い足跡が見つかったため、学校の安全管理に問題がなかったか詳しく調べている。
同校の宮山延敬校長らによると、屋上は通常、カギがかけられているが、授業などで利用することがあった。教諭が付き添えば校長や副校長の許可は不要で、今回引率していた女性教諭(49)も校長に事前に報告していなかった。
女性教諭は「天窓に乗らないよう注意はしていなかった」と説明。屋上を走っていた別の児童を注意している間に中村君が転落したという。中村君が天窓の上で飛び跳ねていたという同級生の目撃情報もある。
過去のケースでは、神奈川県横須賀市の小学校で13年9月、6年生の女児が校舎屋上の天窓から転落し重体になり、現場にいた女性教諭と校長が業務上過失傷害容疑で書類送検された。
杉並区の井出隆安教育長は「安全安心でなくてはならない学校でこのような事故を起こし、申し訳ない。事故原因を徹底的に調査したい」としている。
好奇心に満ち溢れているお子ちゃまなら、誰でも乗りたくなるに決まっています。そこに山が有るから登るの如くです。昭和六十一年からこの天窓が有った様ですが、これに乗ったお子ちゃまは、延べ千近いものと思われます。にも拘わらず、今回の事故が起きるまでに割れなかったのは、天窓の強化プラスチックが劣化していなかっただけです。
最初に取り付けて、其の儘推移か、途中交換が有ったかは分かりません。どちらにしても劣化が過ぎて割れやすい状態に有った事は間違い有りません。劣化していなければ、死亡した男子児童が無茶をした嫌いが窺えますが、それでもひびが入る位で済んだ筈です。若しくはパリンと綺麗に割れずに足が刺さっただけで済んだ筈です。
それが見事に其の儘ずっぽりと下に直行便です。下のガラス部分を突き破る位ですから、劣化で相当ペラペラだった事が窺えます。又、ガラス部分の強度も無さげです。当時は良くても、時代にそぐわない昭和の遺物状態だったのでしょう。古過ぎたのです。古過ぎて安全性が全く無くなっていたのです。これは劣化が全てです。又は新調しなかった当局のオツムの古さが全てとも云えます。
プラスチック部分は無理だとしても、ガラス部分の強化は十分可能だった筈です。大昔と違って、強化ガラスのお値段は格別に安い筈です。強度も大昔と違って化け物じみています。そこの部分だけでも交換が為されていれば、死亡したやんちゃがそこで留まってお叱り程度で済んでいた事でしょう。何れにしても、この事故は、親御さんに納得の行く包み物が為されなければ、大方訴訟事になりましょう。
思えば、何であんな物を取り付けたのでしょう。あの時代は豪華一辺倒に世の中が囚われていたのでしょう。安全性等、二の次だった時代だったのでしょう。あの当時に建てられた物は全て強度不足の権化です。耐久性が無さ過ぎて、殆どが建て直しの憂き目に遭っています。余計にお金が嵩んでいます。そうそう、公共建築物も然りです。行政は厚顔無恥にも我々の血税をそれに注ぎ込んで、更なる増税を狙っています。
いつまでもひつじであってはならない・・・。
【政論探求】「開戦排除せず」の重み
6月18日17時4分配信 産経新聞
台湾も中国と同様に尖閣諸島の領有権を主張している。その台湾の劉兆玄行政院長(首相)が立法院(国会)で、日本との領有権をめぐる争いについて「開戦の可能性を排除しない」と答弁した。
日本の巡視船と台湾の遊漁船の接触事故についての質疑で、勢いあまっての発言ということのようだが、政治リーダーとしては当然の弁である。
自分のところの領土であると主張する以上、最終的には戦争で奪い取るのが古今の国際常識だ。サッチャー英首相がフォークランド奪還戦争をやったのも、国際的にはなんら非難されなかった。
台湾にはその国際常識があるのだが、日本にはない。憲法9条の制約によるもので、そこが日本の外交パワーを減殺させる最大の要因だ。
北朝鮮が拉致問題について「再調査」を約束したことで、対北制裁の部分解除が進められる方向なのだという。北朝鮮の手口には、これまで何度も煮え湯を飲まされてきたはずなのだが、日本政界の一部にある歓迎ムードはいったい何なのか。
拉致問題は北朝鮮の国家犯罪だ。ひそかに侵入した工作員によって大量の日本人が拉致され、日本の主権が侵害された。
国民の生命を守るのが国家の最高の責務であるはずなのだが、日本政府はこれを果たせなかった。その屈辱感が政治指導者にいまもあるのかというと、これまたなんともあやしい。
憲法9条があろうとも、主権侵害に対する防衛手段は否定していないのだろうから、拉致問題は「開戦排除せず」の対象であるはずだ。対北制裁は戦争の代替手段としての意味があったからこそ、北朝鮮は「宣戦布告だ」と反発してきたのである。
「開戦」の一歩手前でのぎりぎりの外交交渉なのだという深刻な認識が、日本政治には決定的に欠けている。再調査の表明程度で一定の進展があったとし、「それ制裁解除だ」となるのも、そのためだ。
拉致も領土も同様だ。ハナから「竹みつ」であることが分かっているサムライなど、怖くもなんともない。(客員編集委員 花岡信昭)
今の国会議員の中で真の独立国家樹立を目指す勢力が有るのかどうかと云うと疑問で有ります。いや、一人も居ないと云うのが真実でしょう。あの方や安倍ちゃん、太郎等々の見掛け上中道右派若しくは保守派と云われている輩が居ますが、在奴等は完全なる中道左派です。そう、売国主義派です。似非改革派とも云います。
では、右派と云われている輩は居ないのでしょうか。右翼や極右と云われている輩は少数乍ら居ます。居ますが、99%胡散臭い輩です。ん?ネット右翼なるものが居るって?これは又悪い冗談ですね。あの連中の本性を、聡い貴方なら既に知っているでしょう。調子がいいだけの輩は国士とも云えません。粋がっている癖に、都合が悪ければ直ぐに逃散する輩等、端からシカトです。
そうなると本当に日本を憂いている国士は殆ど居ない事となります。本当に憂いていれば、とっくの昔に国政へ参加しています。国政に参加出来ない様に圧力が有ったか、若しくは自己圧殺で目立たぬ様に一生終えたのかどうか分かりません。兎角、戦後の奇妙な政治体制で真の独立国家を目指す方向性が等閑にされた事は否めません。
アメ公は大昔に日本国の真の独立国家樹立方向性への承認をしています。だから、或る時に同盟関係なる文句を強調する様になりました。それと同時に、改憲若しくは新憲法の動きが有った訳です。然し、媚米派が仕掛けた動きです。アメ公準属国から完全属国への道筋に過ぎません。一方、媚中派がやたらと中共に媚びるのはアメ公との牽制で、或る意味、日本の今までの主権を固守する動きなのです。
日本軍を持っていないが故の悲劇です。大国の狭間に挟まれた小国の喧しさです。だから国内も然りです。政治の世界に於いて、顕著にその模様が表れています。そうそう、外交もそれに担います。戦後から、彼方立てば此方立たずの繰り返しです。二進も三進も行かない事が多く、仕方が無いので金品を差し出して土下座でお詫びを繰り返すのです。理想は飽くまでも理想です。現実に照らし合わせれば、平和憲法なるものは時代に取り残された遺物とも云えましょう。真の平和を望むのなら、争いを止める術を行使する事が先決です。
なにもまなばなかった・・・。
宮崎死刑囚 猟奇殺人、20年前震撼 45歳、遺族に謝罪ないまま
6月17日15時48分配信 産経新聞
連続幼女誘拐殺人事件を引き起こした宮崎勤死刑囚(45)。約20年前、幼女4人の命を次々と奪い、猟奇的な手口で日本中を震撼(しんかん)させた。公判では不可解な言動を繰り返したが、本心だったのか、精神障害を装うためだったのかは不明のままだ。結局、17日の刑執行まで謝罪や反省の言葉が拘置所の外に聞こえてくることはなかった。
宮崎死刑囚が犯行当時住んでいた自宅は、東京都五日市町(現・あきる野市)にあった。自室は母屋の横にあった「離れ」。その中には、6000本ものアニメや特撮もののビデオテープがあった。この自室で当時26歳だった宮崎死刑囚が東京都江東区の幼女の遺体をのこぎりで切断し、自宅裏庭で埼玉県入間市の幼女の遺体を焼いた。
平成2年3月の初公判では「覚めない夢の中でやったような感じだ」。色白の宮崎死刑囚は殺意を否認。「女の子が泣きだすとネズミ人間が出てきた…」などと意味不明な言動が続いた。弁護士との接見では「何人かの人が自分をいじめる相談をしているのが聞こえる。『針で(死刑囚の)目を刺すのは自分がやる』と話し合っている」と訴えたり、独房で「起きろ」と突然、大声を上げたりすることもあったという。
宮崎死刑囚の父は印刷工場を持ち、月4回発行の地元紙を発行する裕福な家庭だったが、その父も宮崎死刑囚の公判中の6年1月に「疲れた」と遺書を残し投身自殺。しかし、宮崎死刑囚は法廷で「死んでくれてスッとした」と述べただけだった。
一方で自身の「無罪」だけは強く主張していた。月刊誌の編集者や心理学者などと手紙のやり取りを続け、「自分は無罪」と記し、死刑判決確定後に面会した臨床心理士に「何かの間違いです。そのうち無罪になります」と語った。この約1カ月後に出版した2冊目の著書では、最高裁判決を「『あほか』と思います」と批判。判決が大きく報道されたことに触れ「やっぱり私は人気者だ」と感想を語り、「良いことができてよかったです」と事件を振り返った。
事件から公判中まで終始、奇妙で、つじつまの合わない言動を繰り返した宮崎死刑囚。最後まで彼の「心象風景」は判然としないまま、45年の生涯を閉じた。
◇
土本武司・白鳳大法科大学院教授(刑法)の話「確定した死刑判決については、特別な事情がない限り執行に問題はない。当然のことで支持されるべきだ。日本の場合、死刑の執行について極力秘密にしようという傾向があった。鳩山邦夫法相になってから死刑囚の名前、執行場所、犯罪の概要を公表するようになった。今後導入される裁判員制度の対象となる事件は法定刑が死刑や無期刑を含んでおり、一般市民も死刑に立ち向かわなければならない。国民も実態を知った上で、死刑制度への賛否を決める必要がある。その点で鳩山氏が従前より死刑執行に関する情報を公開していることは歓迎すべきことだ」
◇
宮崎勤死刑囚を描いた「M 世界の、憂鬱(ゆううつ)な先端」の著書がある作家、吉岡忍さんの話「時代が生み出した異常な精神状態を背景に犯行を繰り返した最初の人物だったのではないか。にもかかわらず、裁判所の判決は通り一辺の凶悪事件として片付け、世間から隔離し、死刑という厳罰で終わらせたといえる。このため、その後に続いた事件も社会の病理を検証することなく、個人の問題として、死刑で終わらせてしまう風潮を作り出してしまった。(宮崎勤死刑囚を)司法がもっと掘り下げて検証しておけば、その後の事件の手がかりをつかめたかもしれない。司法が複雑なものを複雑に考えなければ教訓にはならない」
鳩山邦夫法務大臣、粛々と機械的にお仕事しています。今までは、生ける犯罪史としての価値が有る上に、極めて特殊なので生かしてあげてくれていました。然し、加藤智大の登場で様相が変わります。新たな生ける犯罪史の誕生です。今となっては抑止策も糞も有りませんが、一応形の上でも、似た様な気質の輩に向かって国からの強いメッセージを送る意味も有って、其れを踏まえた上で、これ以上生かす価値無しと判断されてしまいました。
勿論、勤の反省心の無さも大いに影響しています。そうそう、奈良の薫も同じ様な感じになりそうです。只、此奴は形の上であっても反省心を露わにしていますから、若干先延ばしになる感は有ります。あっ!百人近い死刑確定囚の中で最も人でなしが一匹残っていますね。智津夫です。信者若しくは元信者の裁判が相当残っていますから、已む無く生かされてしまうでしょう。
有り得ないかも知れませんが、頭の病(詐病かも知れませんが)に冒されていますので、急死が出て来そうです。現時点での国に取って最良の結末です。それだと、国が殺すよりも、社会への影響力が少なくて済みます。オウム真理教とその分派が智津夫を殉教者扱いに出来ない様に済ませる効果も期待出来ます。運がいい事に、事前に奴は詐病をやってくれました。後は機が熟した然るべき時期に実行するのみです。
ネット上では口さがないお子ちゃま思考一辺倒の輩が喜々として騒ぎ捲っています。死刑死刑の文句が大好きな輩です。人一人殺した時点で有無を云わせず死刑でいいじゃんが大好きです。そう宣った輩が過失で人を殺めたとしても、喜んで自分の命を差し出す根性が有る素晴しい皆さんです。一時の鬱憤晴らしが目的だとは云え、この言動はまともな人から見たら、常軌を逸しているだけしか見えません。
本当に最近の日本民族はそんな人ばかりなのです。死刑囚と同思考の嫌いが窺えるのです。兇悪犯罪を犯した、犯さなかったの差異だけに過ぎません。このシンパシー、何となく分かりますね。直ぐに自分の事を棚に上げる素晴しい思考が災いしています。まあ、単に間抜けです。脊椎反射と云いますか、単純思考しか出来ない故の悲劇です。一寸だけ立ち止まって、一寸だけ思考する、そんな習慣が有るだけでも、日本民族は世界に名だたる優秀民族に生まれ変わります。
これはわらえない・・・。
大量の本の下敷き? 男性死亡=仙台で地震災害死の疑い−宮城県警
6月16日14時17分配信 時事通信
宮城県警は16日、仙台市青葉区の男性会社員(37)が14日の岩手・宮城内陸地震で災害死した疑いがあると発表した。
県警によると、男性は同区内の自宅アパートで、崩れた大量の書籍の下敷きになって死亡。出勤時刻になっても会社に来なかったことから、不審に思った同僚が14日午後9時ごろ、自宅を訪れ発見した


