まあ・・・ええんじゃない?

勝手気儘にだらけたお話しませう。








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きにならないからおそろしい・・・。

運転免許証から本籍欄が消える
4月29日22時30分配信 レスポンス

運転免許証から本籍欄が消える。ICカード化した免許証が全国的に普及し、本籍欄が不要になったため削除される。2007年からICカードが全国で順次導入され、IC化した免許証は本籍欄が空欄になっていた。

裏面でも変更がある。これまで備考欄と「この欄には、国家公安委員会の定める書面をはり付けることができます」となっていた空欄が改められる。備考欄は上2分の1となり、空きスペースには改正臓器移植法の施行に伴う臓器提供の意思表示欄が設置される予定。

本籍欄がなくなっても本籍情報はICチップの中に収められる。ICカード化した免許証を受け取ったときに登録した暗証番号を専用端末で読み取るとわかる。また、ICチップの中には本人の顔写真も記録されているので、偽造照合することが容易になった。

変更は運転免許証の様式改正だが、この改正には異論も出ている。警察庁交通局では、この様式変更について5月1日まで、電子メールやファックス、郵送などで意見を募集している。電子メールは件名に「パブリックコメント」と記入する。

パブリックコメント URL
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=120100004&OBJCD=&GROUP=



運転免許証の様式変更

本籍欄云々はとっくの昔に消えていました。案外、免許更新時で驚かれた方も多いと思われます。社会が社会なので本籍云々は有名無実化してしまいました。身分照会でも余り重視されなくなったと思われます。只、本籍云々は戸籍法が存在する限り一生付いて回る存在なのは間違い有りません。

然し、IC化の折り、暗証番号入力と記憶する作業が結構煩わしいです。本当に面倒なのです。確か八桁の数字を強請されるのです。銀行の四桁程度なら兎も角、八桁は結構苦痛です。覚える事も儘成らない数です。現時点で、取得且つ更新時に入力した数字を全部覚えている方は一体どの位居るのでしょうか。

もう覚えていないが大半だと思います。本籍云々がどうでもいい存在だった証しです。実はこれが狙いなのです。出身隠しや過剰反応回避等が目的です。何処ぞの何某等に配慮したとも云えます。その場で、止ん事無きがしがない日本人に、贋日本人が純日本人に、免許証の上だけの、その場で誕生しちゃうのです。

身分証明にそれが大きく影響します。犯罪とまで行きませんが、不埒な輩に依る社会混沌を招く恐れが懸念されます。モラルハザードが顕著になるかも知れません。強請り集り等も日常化するかも知れません。いざとなれば社会転覆も目論むかも知れません。静かなる革命が粛々と進んでいます。

まあ、飽くまでも妄想の範囲内です。国が良かれと思って遣っただけかも知れません。だが、社会はそう見ません。見えない危険を回避する為に、より陰湿な形で身辺調査が、大企業を中心に、復活するかも知れません。大抵の方々はまともですが、極々一部が厄介過ぎる為に、要らぬ負担が掛かった歴史が有り過ぎる為に、未だこの諸問題は未解決の儘です。寧ろ、向こうが未解決に持ち込んでいるのです。全てはお金の為に・・・。
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いびつなかんがえがまかりとおったゆえ・・・。

JT、苦肉の増税分上回る値上げ たばこ離れ加速で“もろ刃の剣”
4月28日22時26分配信 産経新聞

 日本たばこ産業(JT)が28日、増税分を上回る値上げを決めたのは、増税による販売の落ち込みを何とかカバーしようという苦肉の策だ。ただ、値上げ幅を大きくすれば、それだけ、たばこ離れが加速するのは確実で、“もろ刃の剣”でもある。

 JTの木村宏社長は同日の会見で、「増税後に2割程度の国内たばこ需要の減少が予想される中、現在の品質やサービスを提供するにはメーカーのコスト削減だけでは補い切れない」と理解を求めた。

 同社によると、「マイルドセブン」の110円の上げ幅の内訳は、増税分の70円に加え、販売店へのマージン増加分が11円、消費税で5・2円の合計86・2円分が必要経費という。残りの約24円分について、木村社長は「近年の原材料費の高騰分をこれまで価格に転嫁してこなかったうえ、今後の大幅な需要減に伴う固定費の増加分を吸収する必要があるため」と説明した。

 また、今回の値上げで、これまで同じ価格だった主力ブランドでも価格差をつけた。例えば、最量販のマイルドセブンよりもセブンスターは、1箱あたり30円高くなる。

 佐伯明執行役員は「銘柄やブランドごとに品質が異なるため、個別に検討して値付けした」としており、販売量などに基づき、赤字にならないよう腐心したとみられる。

 国内最大手のJTの値上げは、他のメーカーの価格戦略にも影響を与えそうだ。2位のフィリップモリスと3位のブリティッシュ・アメリカン・タバコは10月の増税前の6月にも値上げすることを決めたが、消費者離れを懸念し撤回している。ブリティッシュは「具体的な値上げ幅は検討中」としているが、最大手に追随し、今回は大手を振って増税分を超える値上げに踏み切るとみられる。

一枚目 二枚目 三枚目 四枚目

日本専売公社も思い切った事を仕出来したものです。これで確実に売上高が激減します。激減する事を見込んでのボッタクリ値上げでしょうが、最初は値上げ前の特需でウハウハでも、国及び地方自治体、公社の目論見の半分以下は確実となりましょう。それだけしがない愛煙家達は懐が苦しいのです。

煙草か、闇煙草に需要が移ってしまいましょう。安煙草の税収は微々たる物で今までを補うには程遠く、闇煙草は当然乍ら税収云々は関係無く、寧ろ闇社会の懐を大きく膨らませる様な特需となります。故に目論見の半分以下なのです。下手すると1/3以下も有り得ます。

そうなると国家財政及び地方財政は破滅的な打撃を被ります。その分を補う為に我々に対する増税が無理矢理施行される事になります。似而非体面だけ健康国家を目指したばかりに、重税が襲い掛かるのです。数年以内にそれが遂行される筈です。今の数倍、十倍以上の増税が為される筈です。勿論子供手当や高校無料化等の財源を含めてです。

自分等の税金支払の為に働いていると云う歪な国家が待っているのです。特権階級等の働いていない連中の生活費を確保する為に働いていると云う巫山戯た国家がそうさせているのです。そんな国家何処に有るのでしょうか。いや、殆どの国家がそうなのだから、近代文明の歪且つ欠陥性が大きく剥き出しにされています。

ぶくぶくと太り捲っている不健康の日々憂さ晴らしに興じる輩の云う通りに千円となれば、先程の顕著な形に表れます。十倍以上は確実として、数十倍、百倍以上の増税となりましょう。あの輩にも重税感が襲い掛かります。最低限、日々の暮らしを支えるだけ、働かなくてはならない状況に陥ります。いざとなれば生活保護が有るや、と宣っても、己の信条を曲げてまでやれるでしょうか、否、その時社会は拒絶と云うレットカードを輩に突き付けられる筈です。甲斐性無しを養う余裕無き故に。


まぬけなこくみんがえらんだみちやから・・・。

打ちひしがれる超大国/日高義樹(ハドソン研究所主席研究員)
4月24日(土) Voice

◇もはや多くを期待するのは難しい◇

 ハーバード大学やハドソン研究所の学者たちは、アメリカの不景気が長く続き、失業者が減らないだろうと考えている。不景気が長く続き、失業者が減らないということになれば、アメリカの人々は世界のことなど考えられなくなる。

 ヘンリー・キッシンジャー博士が私とのインタビューのなかでこういったことがある。

「アメリカは強大な力をもっている。アメリカの能力を見くびるべきではない」

 キッシンジャー博士の主張は認めるとしても、われわれは現在のアメリカがこれまでとはまったく変わっており、アメリカの人々がこれまでとは違った考え方をしはじめたことを知る必要がある。

 17%、27%、47%、50%、この4つの数字はいまのアメリカにとって、もっとも重要なものだ。17%はアメリカの現在の失業者の数である。この数字はオバマ大統領が発表している数よりもはるかに多い。政府による日雇い労働を失業者とすれば、現在の失業者の数は2000万に近く、全労働者の17%である。27%は黒人の失業率。47%は黒人の若者たち、16歳から19歳の失業率である。50%というのは過去2年のあいだに6カ月以上失業していたアメリカ人の数だ。

 こうした数字は、アメリカの失業がオバマ大統領の発表に比べてはるかに深刻であることを示している。

 オバマ大統領は、2010年の大統領再選までに失業者の数を半分に減らしたいと述べているが、そうするためには毎月、25万の仕事を作り出さなければならない。アメリカ労働省によると、オバマ政権は就任以来一つの職をつくるのに120万ドル掛けている。もし大統領が公約を実施し、毎月25万の仕事をつくろうとすれば、毎月3000億ドル必要だ。

 オバマ大統領が発表した2011年度のアメリカ政府の予算は4兆ドル。それに対し歳入は、税金などの収入が減っていることもあり、2兆4000億ドル。2011年度の財政赤字は1兆6000億ドル。これに加えてオバマ大統領は、国民健康保険を改正して国家による援助を増やすことを考えており、今後赤字が増えるが、毎月25万人もの職を作り出すためには膨大な経費が必要であり、そしてアメリカ政府の赤字は天文学的な数字になる。

 アメリカの人々は世界戦略どころか自分たちの生活のことだけでいっぱいであり、内向きにならざるをえなくなっている。今後さらに失業が増えつづけ、財政赤字が増大すれば、アメリカ社会全体が世界から切り離され、閉塞感にとらわれてしまう。

 私の友人たちの話によると、ニューヨークの低所得の黒人やヒスパニック系の人々は、朝食事をしないで仕事に出かける。多くの人々が電気や水道、電話を切られてしまっている。アメリカでいま失業の嵐にてひどく打ちのめされているのは建設業や製造業、それに金融業など男性の職場である。

 一方、オバマ政権の援助もあり、教育や医療の仕事は不景気に直撃されておらず、女性たちの職場は男性と比べるといま少し安全であるといえる。このためアメリカでは、家庭を支える男性が仕事を失い、女性たちに生活の重荷がかかってきている。家庭の主婦が仕事をするのに選べるのは、日本と同じようにコンビニやスーパーでのレジや雑用である。アメリカの社会では現在、生活を支えるのは女性であり、その女性たちの給料も最低賃金の1時間8ドル50セントにすぎない。

 アメリカの社会は、いま失業と不景気に押しつぶされようとしている。これまでのようにアントレプレナーが注目を浴び、新しい仕事が次々に生まれるような雰囲気ではない。私の知っている人たちも長いあいだ失業に苦しんでおり、失業が長引けば近所づきあいも難しくなると同時に、これまでのようにはパーティーに呼ばれることもなくなる。社会との付き合いも極端に減ってしまう。

 家庭内での暴力事件が増え、社会から隔絶されているという気持ちが人々の孤独感を増大させ、アメリカ社会が停滞している。

 ハーバード大学の私の知人であるロバート・ライシュ博士は、アメリカの景気は今後X型になるだろうという予測を最近行なった。つまり、「これでおしまい」ということである。ライシュ博士の予測は、アメリカでこれまで経済専門家が述べてきた二重底W型の不景気や、不景気が長引くL型、さらにはU字型、V型といわれる景気の予測をすべて否定するもので、アメリカ経済は新しい仕組みを考えないかぎり当面立ち直ることは難しいとしている。

 ボストンコンサルティンググループのデイビッド・ローズとダニエル・シェルターの二人は、経済の停滞からいかに立ち直るかという本を書き、ハーバード大学の教授だったジョセフ・シュームペーター博士や、ロシアの経済学者ニコライ・コンドラチェフの学説を引っ張り出してアメリカの景気停滞と失業は20年続くと警告している。

 アメリカの人々は不景気の心配と失業で頭が一杯であり、中国の問題や核兵器のことを考える暇すらなくなってしまっている。アメリカが依然として超大国であるというキッシンジャー博士の主張は否定できないが、長期間の経済停滞の見通しと失業の重みに人々は打ちひしがれている。いまアメリカに多くを期待するのは難しい。

◇オバマ外交の完全な行き詰まり◇

 アメリカは停滞する経済と失業のなかでも、世界の超大国として指導的な役割を果たしつづけようとしている。3月の終わり、私はフィリピンで行なわれたアメリカ海兵隊とアメリカ第7艦隊の合同演習を取材した。この演習は、佐世保を基地にする第7艦隊72揚陸艦隊の揚陸用空母エセックス、デンバー、ハーパーフェリーの3隻が参加し、沖縄の第31海兵遠征軍2000人の海兵隊員が演習を展開した。普天間基地からもヘリコプターや垂直離着陸戦闘機ハリアーが参加し、2010年の西太平洋におけるアメリカ軍最大の軍事訓練になった。

 この訓練を見て私が気が付いたのは、これまでは燃料の石油やそのほかの費用をふんだんに使っていたアメリカ軍が、節約に心掛けていることだった。

 海兵隊員たちはヘリコプターで移動せず、古い輸送艦LTCが兵員や機材輸送に活躍した。

「ハリアーを垂直に離陸させると燃料がかかるので普通の離着陸を行なっている」

 海兵隊の作戦の指揮を取ったダムレン大佐がこういったが、アメリカ海兵隊の垂直離着陸戦闘機ハリアーは胴体の脇についたエンジンを下に向けて猛烈な噴射を行ない、滑走をしないまま垂直に飛び上がるのが特徴となっている。しかしそのためには膨大な燃料を必要とするとあって、せっかくの最新鋭の技術をも使わないで訓練が行なわれた。

 アメリカはアジア西太平洋における軍事力をグアム島に集中させており、この夏には無人戦闘機2機が配属されアジア全域を監視することになっている。そして一方、沖縄を基地とする海兵隊と横須賀・佐世保を基地とするアメリカ第7艦隊はこれまでと同じように西太平洋各地で訓練を繰り広げている。最近では北朝鮮の猛烈な抗議のなかで、韓国で上陸作戦訓練が行なわれ、私が取材したフィリピンでの訓練の前、タイでもこれまでとほとんど変わらない規模と機動力を発揮した訓練が行なわれている。

 こうした第7艦隊や海兵隊の訓練を見ているかぎりでは、キッシンジャー博士が主張しているとおりアメリカの軍事力に翳りはない。しかしながら、こうしたアメリカ軍の西太平洋における軍事行動と並行して展開されるべきオバマ外交は完全に行き詰まりを見せてしまっている。

 これまでアメリカの軍事力にすべてを頼ってきた日本に新しい政権が誕生し、鳩山首相はいったん決まった普天間基地移転の取り決めに苦情を申し立て、話し合いがつきそうにもない。朝鮮半島ではこれまた日本と同じようにアメリカの強力な軍事力によって平和と秩序が保たれているにもかかわらず、オバマ大統領は韓国政府とのあいだの自由貿易協定を成立させることができないでいる。

「韓国はアメリカの牛肉の輸入を制限しており、話し合いが難航している」

 アメリカのカーク通商代表がワシントンで記者団にこういったが、朝鮮半島の当面の敵対国家である北朝鮮は、核開発を続ける一方、オバマ政権との話し合いに応じる気配もない。

 さらにまた中国は、人民元や国内の非人道的な政策についてオバマ政権が介入をしようとしないことから好き勝手を行なっており、アジアの人々から見るとオバマ大統領は中国におもねっている。

 オバマ大統領の外交上の最大の失敗は、ロシアとの核兵器制限協定について相手側の主張によって引きずり回されていることだ。

 この協定はソビエト連邦崩壊のドサクサのなかでブッシュ大統領(父親)が当時のゴルバチョフ大統領を脅し上げ、ロシアの移動式の核ミサイル開発を断念させたものだった。この協定に基づいてブッシュ大統領はロシア国内の核ミサイル製造工場のすぐ脇にアメリカ関係者の監視センターをつくり、ロシア側が兵器を不法につくったり動かしたりするのを防いできた。

 しかしオバマ大統領を軽く見ているロシア政府は、この協定が時間切れになると同時にアメリカの監視員を追い出してしまい、ロシアは小型の、持ち運びに簡単な核ミサイルを自由につくれるようになった。

「ロシアが小型の新しい核兵器を世界のテロリストに売り渡している可能性は十分にある」

 ハドソン研究所の学者はこう述べている。

 アメリカが長引く不況と失業のなかでやりくりし、軍事大国として世界に軍事力を誇示し、いまなおアジア西太平洋の安全と秩序を守りつづけているのは事実である。アジア西太平洋におけるアメリカ軍は、日本にとってもアジアの国々にとってもなくてはならないものであるが、オバマ大統領はその軍事力をうまく使って外交を展開することができない。

◇縮小されるアメリカ軍の軍事能力◇

 アメリカがこれまでにない長期間の経済の停滞の予測と失業の増大で苦しんでいるなか、オバマ大統領はアメリカを戦闘状態に置き、アメリカの人々の意見を一つにまとめようとしている。オバマ大統領は2008年の大統領選挙の際にはブッシュ大統領のイラクでの戦争に真っ向から反対したが、大統領になったあとはイラクだけではなくアフガニスタンでの戦闘をも拡大し、パキスタンにまで戦闘を押し広げようとしている。

 こうしたオバマ大統領の戦争は、本来の支持層である黒人やヒスパニック系、失業した人々などから批判をされてはいるものの、奇妙なことに共和党をはじめオバマ大統領を批判するべきはずの人々からは強く支持されている。

 私の友人でジャーナリストである週刊誌『スタンダードウィークリー』のフレッド・バーンズ編集長はこういっている。

「オバマ大統領の人気は1年前の70%以上から40%台にまで急速に落ち込んだ。この落ち込み方は歴史始まって以来といえるが、なおかつ40%に支持されているのはアフガニスタンの戦争がうまくいっているからだ」

 オバマ大統領は今年中にはイラクのアメリカ軍を、そして来年にはアフガニスタンのアメリカ軍を引き揚げると約束しているが、引き揚げたのち、混乱が起きれば大統領の人気はさらに悪くなってしまう。

 トヨタ自動車叩きというのも、戦うアメリカを国民にアピールするためのオバマ大統領の政治駆け引きの一つであった。オバマ大統領は目先の計算が得意であり、人々を説得する能力に長けている。しかしながらアメリカを動かす国際戦略やあるいは軍事戦略にはまったく理解がない。

 2010年2月1日、オバマ大統領は2011年度の4兆ドルに上る連邦予算を発表したが、それと同時にQDR、つまり向こう4年間のアメリカの国防戦略をも発表した。このQDRはアメリカの軍事戦略の基本であり、1997年クリントン大統領が発表した最初のもの以来、すでに4回、歴代のアメリカ政府によって発表されている。

 オバマ大統領のQDRによると、アメリカの国防予算は2010年度は6802億ドルであったのが、2011年度には7082億ドルになっている。このうち基本的な国防費は5489億ドル、イラクとアフガニスタンの戦費は1593億ドルである。このQDRによれば、アメリカの国防費の伸びはこれまでになく低く抑えられており、オバマ大統領がアメリカ軍の軍事能力を制限することによって、アメリカの世界における軍事活動を縮小しようとしていることが見て取れる。

「オバマ大統領は基本的には民主党のリベラル派の人々や政治家に動かされており、アメリカの軍事力強化には強く反対している。しかも失業と不況が重くのしかかっているなかでは、軍事費の支出を抑えようと考えるのは当然だ」

 フレッド・バーンズ編集長はこういっている。

 オバマ大統領はQDRにおいてアメリカの基本的な考え方を明らかにはしている。

 まず第一に、いまの戦争に勝たなければならない。二番目に、アメリカは将来の紛争に備えなければならない。三番目は、アメリカに敵対する国々を抑え込まなければならない。そして最後に、現在の徴兵なき軍事力を維持するとしている。

 しかしながらオバマ大統領はそういった考え方を実施するために、どれだけの費用と軍事力が必要であるかということをまったく明らかにはしていない。このことは、世界戦略を展開するに当たって具体的な考え方をもっていないことを端的に示してしまっている。

 細かい内容についていえば、オバマ大統領はアメリカの陸軍がいま使っている古い兵器をそのまま使いつづけようとしており、陸軍の軍事力を拡大しようとは考えていない。

 アメリカ陸軍は基本的には5つの兵器体系によって軍事活動を維持している。M1エイブラムス型戦車、M1ブラッドレー装甲車、AH64アパッチ攻撃型ヘリコプター、UH60ブラックホーク兵員輸送ヘリコプター、それにパトリオット防空ミサイルである。

 海軍については、かつて600隻のアメリカ艦隊は半分に減ろうとしている。オバマ大統領は大型の空母の建造のペースを落とそうとしており、航空母艦のための艦載機も減らそうとしている。

 オバマ大統領のQDRによると、アメリカ海軍は2011年には9隻の艦艇を建造しようとしている。その内訳は、イージス駆逐艦2隻、バージニア型原子力攻撃型潜水艦2隻、新型戦闘艦2隻、それに揚陸用空母1隻などである。

 このほか最新鋭の敵のレーダーを妨害できる電子偵察機EA6B4飛行中隊、それに新鋭攻撃戦闘爆撃機EA18Gクローラー26機がつくられることになっている。

 オバマ大統領は、将来、太平洋や東および南シナ海におけるシーレーンの確保を重要には考えていない。アメリカ海軍による津波などの災害援助や海賊に対する取り締まりに力を入れようとしており、世界のシーレーンの確保といった超大国の責任を保持しつづけるつもりはない。空軍は、無人偵察機は増やしているが、長期的に見ると、そのほかの戦闘能力の強化をまったく考えていない。オバマ政権はステルス製の戦闘爆撃機F22の生産を中止し、F35を42機購入することにしているが、アメリカ空軍の関係者はオバマ大統領が歴史的ともいえるアメリカ空軍の役割、制空権の確保をやめてしまうのではないかと疑っている。

◇努力しなければ、助けない◇

 オバマ大統領の下、アメリカのアジア西太平洋戦略は、今後大きく変わることになる。アメリカはこれまでアジア太平洋を自分のものだと考え、アメリカの力によって一つにまとめようとしてきた。日本もそのなかの一つであり、アメリカがつくった組織のなかで経済力を強くしてきた。

 日本はこれまでアメリカの世界戦略のなかで経済活動だけに専心し、技術力や経済力を高めることによって世界の秩序維持に貢献しようとしてきた。しかしオバマ大統領とその支持者は、そうしたこれまでのやり方を日本には許さなくなっている。

 その理由はすでに述べたように、長引く不況の見通しと失業の多さのなかで、世界やアジアのことを考える余裕がなくなったからだ。

 そしてオバマ大統領がこのほど発表したQDRは、そのアメリカの新しい姿勢を明らかにしている。世界や西太平洋の秩序をどうするかということについては漠然と述べているだけで、そのために何をしようとしているかは明らかにしていない。

 第二次大戦以来、アメリカの基本的な国家戦略は、アメリカが指導的な役割を果たし、アメリカの力によって安全と平和を確立しようというものであった。つまりアメリカは自らの力で世界を動かし、よその国はその後に付いてくればよいというものであった。

 ところが、オバマ大統領のQDRをよく読んでみれば明らかなように、日本をはじめ世界の人々が世界の平和と安全を確立するのに努力をするのであればアメリカが喜んで助けよう、というものに変わっている。

 このきわめて単純な変化に、われわれは注目しなければならない。いまアジア西太平洋において、新しい力は中国である。中国は貿易を拡大するだけでなく軍事面でも財政面でも影響力を強めつつあり、明らかに独自のシステムを確立しようとしている。

 こうしたなかでオバマ大統領が明らかにしていることは、日本をはじめ東南アジアの国々が団結して中国と対峙し、自らの利益を守ろうとするのであれば、アメリカがこれまでどおり助けようというものだ。しかし日本や東南アジアの国々が何もせずアメリカにすべてを頼ろうというのであれば、アメリカは何もしない。助けもしない。

 これがオバマ大統領のQDRの基本的な思想である。

 オバマ大統領が日本に突き付けているのは、日本にとっては歴史的な大転換である。

引用記事に従えば、我が国は真の独立国家を目指していいとなります。但し、アメ公の半永久同盟国で有り続ける事です。更に特定近隣諸国にも媚びない国でなければなりません。然ういった立場ならば、アメ公は在日米軍基地の撤退方針を表明、より強固な軍事同盟締結、中共・露助・北鮮等の脅威に対する日本国独自の核武装要求及び容認等々が容易になります。

詰まりは日本国の意志如何で、明日の日本国の運命が決まってしまう歴史的大分岐点に近付いたのです。アメ公が普天間問題で執拗に責め立てているのは、先程の脅威に対する覚悟は出来ているのか、なのです。度々約束が違えては、疑念が生じると云うものです。仮に違えて、中共の手先となってしまえば、中華民國及び南鮮の軍事拠点が壊滅します。

第二次世界大恐慌により、国家財政に余裕が無くなったアメ公に自らが引き起こしたツケが大きく回ろうとしています。そのツケは案外大きく、日本国が陥っている様な平成バカ不況地獄宛らです。失われた何とか年とやらです。余程の大きなお祭りを立ち上げない限り、我が国が陥っている状況になってしまいます。勿論お祭りとは、大規模戦争とやらです。

近い将来、アメ公は先人に倣って何処ぞの国にいちゃもんを付ける事でしょう。フセインイラクに仕掛けた様なものです。戦争を態と引き起こして軍事特需を起こすのかも知れません。これが一番手っ取り早くお金になり、一番壊滅的な後遺症を起こすものです。幸いにしてアメ公本土は戦争によるインフラ破壊に懸念が無く、それで過去に於いて容易に大規模戦争が可能だったのです。同盟国及び属国が多かったのも強気の元です。

然し、中共の台頭、露助の復活、ユーロの再興、ジャイアンアメ公嫌悪国続出等々で、世界の警察に対する威信が目下低下中です。パワーバランスが大きく揺らぎ始めたのです。先日、中共艦隊が、公海上とは云え、日本国領内を大きく横切りました。しかも堂々とです。沖縄のアメ公さんも直ぐ様察知していた筈ですが、肝心の日本国が後手後手の対応に甘んじていた為に不信感を抱き、先制日米共同攻撃を止めてしまいました。以後シカトです。


ほろびのくににちかづいた・・・。

新党改革 6人で旗揚げ 発車先行 理念後回し
4月23日22時41分配信 毎日新聞

 自民党に離党届を提出した舛添要一前厚生労働相、改革クラブの渡辺秀央代表ら参院議員6人が23日、「新党改革」の結成を発表した。代表に就任した舛添氏は記者会見で「日本の一大改革を行いたい」と訴え、政界再編をにらんだ「天王山」として今夏の参院選を位置付けた。ただ、舛添氏が自民党内から改革を唱えて集めてきた世論の期待に、小党の代表となった後も応えられるのか。その展望が見えないまま旗揚げを急いだ結果、政策・理念は先送りされ、「第3自民党」(渡辺喜美みんなの党代表)と皮肉られながらの見切り発車となった。【中田卓二、笈田直樹】

 ◇「顔」を大映し

 新党改革のメンバー6人がそろった23日の東京都内の記者会見場。バックには党名とともに舛添代表の顔がプロジェクターで大映しにされ、荒井広幸幹事長は「国民の信頼を唯一つなぎ留めているのは舛添要一」と最大限の賛辞を贈った。

 露骨な「舛添氏頼み」だが、お粗末なエピソードも生んだ。メンバーの一人は会見後、新党の略称を「ますぞえ新党」で登録すると記者団に明かしたが、代表者の名前が類推される略称は公職選挙法に抵触すると指摘され、後で訂正した。

 今回の新党劇は、執行部批判を繰り返して自民党で居場所を失った舛添氏と、参院選後の存続に危機感を抱く改革クラブの思惑が一致したのが発端だ。舛添氏は今月上旬、自民党の要職就任を打診しようとした谷垣禎一総裁を無視する一方で、渡辺氏と水面下の交渉を本格化させた。

 ◇5人は改選期

 舛添氏以外の5人は夏に改選を迎える。舛添氏の知名度に対する期待は大きい一方、過去に郵政民営化など「小泉改革」路線を支持した舛添氏と批判派の荒井氏との政策不一致が懸念された。それでも新党結成を優先した結果、23日に発表された政策は「政・官・業・組合の癒着を断つ」「誰もが参加できる政治へ」「グローバル社会の中での生き残り戦略」などスローガン的な内容が並び、具体論はほとんどなかった。

 象徴的なのが消費税。「地方財源化」と「福祉目的税化」を同時に掲げたが、税率の引き上げには触れていない。増大する社会保障費の財源に充てることを考えれば、大幅増税を前提にしない限り矛盾する。郵政民営化には一言の言及もなく、舛添、荒井両氏は会見でこの点を突かれ「(考えは)一致している」と苦しい説明を余儀なくされた。

 ◇谷垣氏「新味ない」

 自民党と改革クラブは国会で統一会派を組み、もともと政策は近い。新党改革は統一会派を解消する方針だが、先に結成された「たちあがれ日本」が「自民党の補完勢力」と批判されたのと同様、政策的な違いを見いだすのは難しい。

 自民党は舛添氏という「ポスト谷垣」の有力カードを失ったものの、同氏に同調する動きが広がらなかったことで一息ついている。選対幹部は「舛添氏は党内にいればこそ(世論の)期待も高かった。いなくなってまとまりが出てきた」とさえ語る。谷垣氏は記者団に「政策面では新味が感じられない。我々と共通のところもある。何のために党を作ったのか明確に伝わってこない」と皮肉った。

 先行した新党の側には焦りもにじむ。たちあがれ日本を応援する石原慎太郎東京都知事は23日の記者会見で「最終的には救国戦線というか、連合体が参院選の寸前に生まれていくべきだ」と述べ、乱立する「第三極」勢力の結集を呼びかけた。

 ◇新党改革のメンバー◇

代  表 舛添要一(61)=参院比例代表<2>、自

最高顧問 渡辺秀央(75)=参院比例代表<2>(衆<6>)、改

代表代行 矢野哲朗(63)=参院栃木選挙区<3>、自

幹事長  荒井広幸(51)=参院比例代表<1>(衆<3>)、改

政調会長 小池正勝(58)=参院徳島選挙区<1>、自

事務総長 山内俊夫(63)=参院香川選挙区<2>、改

 ※敬称略、カッコ内は年齢、<>は当選回数、「自」は直近の所属が自民党、「改」は改革クラブ

 ◇新党改革の主な政策(骨子)◇

・企業・団体献金を禁止し国会議員定数を半減

・政治家が官僚をコントロールする真の政治主導

・憲法改正

・法人税減税

・地方分権を推進し道州制を導入

・消費税の地方財源化、福祉目的税化

・国際社会に貢献する外交・安全保障政策

自由民主党にとって痛い票田逃散です。特に参院選比例区での四十数万票がゴッソリ持ってかれたのです。これだけで数人の当選が叶わなくなっちゃうのです。当初、要一は何とかして自由民主党を乗っ取ろうと策謀を張り巡らしていた様ですが、人徳の無さから味方か殆ど無く、徐々に居辛くなって出ていった感じです。

人徳は無けれど、オツムはかなり優秀なので、乗っ取り工作活動の他に、新党結成工作活動等の多方面作戦を組んでいた様です。一つが失敗しても、他の手筈が幾つか用意されていたのです。用意周到と云うか、流石は抜け目が無い元官僚貴族です。

それにしても自由民主党、手痛い目に遭ったと云うのに、相変わらずの脳天気振りです。もうあの時に、おわっていたのでしょう、最早弱小政党へのカウントダウンが開始された様です。丸で、嘗ての日本社会党が大分裂の後、凋落著しい社民党への道筋を歩み始めたかの様です。

御存じの様に民主党主導連立政権も国民不在の為体が続いているばかりです。此の儘の勢いでは、民主党の参院選の過半数処かそれを大きく割ると云う大敗北が免れません。かと云って自由民主党が大勝利するかと云うとかなり微妙です。大きく見積もっても現状維持か、敗北と云わないまでも減らされる勢いです。公明党は現状維持か一寸増える程度、共産党は現状維持か一寸減、社民党は現状維持は叶わず解党の勢い、国民新党は手堅く現状維持か一寸減、みんなの党は倍増且つ倍以上、その他諸々は巧く立ち回れば、全体で倍増且つ倍以上の勢いとなりましょう。

只、投票率は恐ろしく下がる筈です。盛上がりに欠けた参院選となりそうです。かなり投票率が下がってしまえば、既存大政党が有利に働き、上手い具合に民主党と自由民主党が半々で分かちそうです。それ以外のその他諸々が大惨敗となってしまいます。内一つ位は解党と云う憂き目に遭うかも知れません。そうそう忘れていました、みんなの党は何故か倍増と云う感じです。公明党は云わずもがなです。


ほこりをすてたときにおわるもの・・・。

愛国心なき経営者は職を去れ/西尾幹二(評論家)
4月20日(火) Voice

◇苦々しいリンチ事件◇

 2年前のあるサイトに次のような言葉があった。

「トヨタ自動車が米国に進出してから50年になる。2007年には年間生産台数でゼネラルモータース(GM)を抜いて世界一になるのが確実となった。しかしながら、今回、世界大戦前からずっと世界NO.1の生産を続けてきたGMをトップの座から引きずり落とし、アメリカ人達の誇り高き感情を逆なでしたトヨタに対しては、1980年代の日米貿易摩擦の際に起きた日本車不買運動の時以上の反感に繋がり、今後、それが米国内におけるトヨタ車販売にとっての大きなマイナス要因になって来ることも考えられるのではないだろうか」(「マサオの徒然日記」2007・12・29)

 ごく普通の常識的予見であったと思う。1980年に日本が自動車生産台数1000万台に達し世界一になったとき、アメリカから「どっちの国が戦勝国なのか!」というヒステリックな声があがった。トヨタが一社で世界一になった2年前にこれを思い出し、トヨタは危いと私なども不吉な予感を持った。80年代を通じアメリカの製造業は日本に敗れつづけた。ソ連を倒して冷戦を勝ち抜いたアメリカが90年代初頭に「戦勝国は日本だったのか」と再び悲鳴に近い憤怒の声をあげたのを思い出せばなおさらである。

 90年代は一転してバブルが崩壊し、日本が不利になった。1993年からビル・クリントンの民主党政権は内向きで、日本叩きに余念がなく、規制緩和と市場開放の名の下に日本経済の独自なシステムを一つ一つ解体した。主にアメリカに進出した金融業、銀行・証券・保険会社を標的に潰しにかかり、大蔵官僚をも追い詰めた。日本は当時、自分が何をされ、自分の何が壊されているのか分らなかったのだ。

 クリントンは中国寄りの政策をとった。人民元を60%も切り下げて中国の輸出増大に貢献し、30分の1の生産費で賄える中国にアメリカの製造業を移して生き残りを図った。トウ小平の「先富論」(豊かになれる者から先に豊かになればよい)が出されたのは1992年である。中国の生産力が外国の資本と技術で上向きになったのはこれより大分後だが、しかし考えてみればまだ十数年しか経っていないのである。そして、アメリカの製造業はそれでも復活せず、中国製品がアメリカ市場に溢れる結果となっている。

 アメリカの自動車産業は勝手に自分で倒れたのであって、トヨタの責任でも日本の責任でもない。しかし覇権国アメリカは、軍事的に従属している国を経済的にも封じ込めるのは当然と考え、そのためにはどんな悪辣な手段を用いてもよいと信じているはずである。内向きに利己的な民主党政権はとくにそうだった。クリントン時代の日本企業への苦々しいリンチ事件を三つ挙げておく。

 日米スパコン貿易摩擦(1996年)。NECのSXシリーズを筆頭にスーパーコンピュータの対米輸出において、スーパー301条を基にアンチダンピング課税としてなんと454%というとんでもない税を賦課させられた。これにより、NEC、日立、富士通など数社あったスパコンメーカーは撤退を余儀なくされた。

 米国三菱自動車セクハラ事件(1996年)。なにか具体的なセクハラがあった事件ではない。日本では女性は第二の劣等の性で、女性社員にお茶酌みしかさせない女性蔑視の慣習があり、それをアメリカ社会に持ち込んだのは許せない、という集団訴訟が起こされた。余りにも不当な言いがかりなので三菱は受けて立った。ところが、そのような対応が生意気だということで『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』による大規模なジャパンバッシング、消費者からの不買運動を経て、やっと最後には約48億円の支払いで和解が成立した。

 東芝フロッピーディスク訴訟(1999年)。東芝のノートパソコンにおいて、フロッピーディスクドライブを制御するICのマイクロコードに一部不具合があり、書き込みエラーが発生してデータ破壊につながる可能性が生じ、これは保証違反であるとして、損害賠償を訴えられ、和解費用は1100億円にも達した。

 いずれも懲罰的動機の色濃い不当かつ悪辣な事件である。大量破壊兵器の存在の可能性を言いがかりにしてイラクに攻め込んだのと似たような野蛮で無法な行動である。

 とりわけ自動車産業は自他ともにアメリカ文明の象徴と見なされている。しかもGMは今では国家救済の対象で、最大の株主はアメリカ政府である。GMの従業員はオバマ政権の大切な地盤であり、失業させるわけにいかない。

 そうはいってもハイブリッド車でいまやGMはトヨタの技術に追いつきそうもない。リチウムイオン電池もソニーの製品である。アメリカ人はプライドをずたずたに傷つけられていると見てよいであろう。

 アメリカの覇権の崩壊を国民に印象づけているのは中国の台頭ではなく、技術の敗北と資本主義経営の行き詰まりであろう。自動車産業はその代表例である。今や尋常な手段ではとうてい取り戻せないと思っているに違いない。不当な手段を用いてでも逆襲しなければ一気に事態を挽回できない。道路交通安全局を使い、トヨタを罠にはめるトリックを駆使してでも、何としてでもGM復活のプログラムを画策しなくてはならない、と。

 本当に国を挙げてそう思っているというのではなく、そういう情動が何となくあって、いったん誰かが火を点ければヒステリーが米国マスコミを蔽うという意味である。そして実際その通りになった。汚い手を用いた逆襲劇が最終的に成功するかどうかは、アメリカにも良識があり、反省意識があるので今の段階ではどちらに傾くか分らない微妙な情勢だと思うが、底流には追い詰められた国家意識、手負い獅子になっているアメリカ国民の集合感情がある。

 日本ではNO.1になったトヨタの驕りと油断が論じられ、トップとしての危機管理の欠如、新社長の経験不足が取り沙汰されたりしたが、果してそういうことだろうか。あるいはまた日本の政権交代の迷い、小沢一郎の中国詣でや鳩山由紀夫のアメリカ抜きの東アジア共同体構想、普天間基地問題の不透明がトヨタの不運にはね返っているのだという人もいる。後者については、自民党時代には日米同盟が曲りなりにも機能していたので、日本政府が米国政府に側面支援を働きかけていた効果もたしかに期待できた。今は鳩山内閣が国家としての役割をまるきり放棄している。その影響には厳しいものがあると思う。

 ただ今度のようなアメリカのマスメディアが一方的に興奮する光景をみていると、トヨタ問題は日米同盟うんぬんよりも、どこまでも国家の自尊に関わる政治問題である。それも歴史に根ざしたアメリカと日本の国家的感情の正面からの衝突の問題だと考えたほうが腑に落ちる。技術の問題でも、経営の問題でも、現政府間の軋轢の問題でもない。もっと根が深い。そう見なければ問題は本当の解決につながらないし、未来への教訓にもならない。

◇20世紀初頭の日米関係◇

 トヨタ叩きが表面化してから、私には「いつか来た道」という言葉が思い浮かんでいた。

 1906年サンフランシスコの地震と火災の最中に日本からやって来た移民は略奪、暴行を受けた。カリフォルニア州議会も公然と日本人迫害の側に立ち、学童を東洋人学校に隔離するなどの法案を通した。バルチック艦隊を破った日本海軍が米国西海岸に今にも攻撃の手を伸ばしてくると、新聞はヒステリックな言葉を並べた。セオドア・ルーズベルト大統領は日本人移民数の制限策という手を打った。しかしヨーロッパからの移民に比べると、日本人移民は取るに足らない数だった。20世紀最初の四半世紀の間に渡米した日本人の数は同じ時期のヨーロッパ人移民の1カ月分にも及ばなかった。

 このとき大統領はなんと対日戦争計画について下問している。海軍大学では日米戦争のシナリオをあらためて検討し、「開戦直前にとられるべき準備行動」のプランを作成しさえした。

 1908年、16隻の戦艦で構成された米国艦隊が世界一周を口実に日本に向かってきた。時が時だけに世界は緊張した。パリの新聞は日米戦争必至と書き立て、日本の外債は暴落した。日本政府はあわてた。国をあげて米艦隊を歓迎し、恭順の意を表する作戦で難を逃れた。日本海軍は一時的に猫をかぶったわけだが、米艦隊が立ち去った後、小笠原沖で大演習をした。

 米船団は全艦白いペンキで塗られていたので、「白船来航」と呼ばれたこの事件に示された米国の意図が、「黒船」を思い出させようとした砲艦外交風の威嚇にあったことは明らかだった。親日的と信じられていたセオドア・ルーズベルト大統領は、当時「日本人は勤勉で節倹精神に富んでいるのでカリフォルニアが彼らを締め出そうとするのも無理はない」と書いていた。勤勉、節倹などはその頃アメリカ社会でも理想とされ、アメリカ人の長所と見なされていたはずなのに、である。

 理想主義者といわれていたウィルソン大統領は、「日本人と親密な交際をしたくないという暗黙の願いがあるからこそ、トラブルが生じるのだ。日本人はアメリカ人と同じレベルではないというわれわれの気持は、微妙でデリケート、そして根源的なもので、人間のプライドに触れてくるものがある」。

 これは明確に人種差別主義者の言葉である。第一次大戦後のベルサイユ会議で日本代表が提案した人種差別撤廃案を、オーストラリア代表と手を携えて葬ったのはこの大統領である。アメリカのWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の人種偏見はオーストラリアの白豪主義と通じ合うものがある。そしてカリフォルニアの日本人移民差別問題と、ベルサイユ会議での人種差別撤廃案の廃案はともにわが国民を傷つけ、大東亜戦争の遠因をなすものであった、との考えは昭和天皇のお言葉の中にもある。

 日本人移民がアメリカで反発を買った事例の一つに「写真花嫁」がある。見合いの代わりに写真の交換によって結婚相手を決めるという方便である。花嫁は夫君に実際に会わないで婚姻手続きを日本ですませてから渡米するというやり方で、これがアメリカの公徳を乱すという反対運動が起こった。当時の日本人同士ならさして不都合はなかったに相違ない。しかしいかにも起こりそうな文化摩擦である。先にとり上げた「三菱自動車セクハラ事件」につながる相互誤解の一例である。日本政府は困惑して、1920年を境に写真花嫁の慣行を禁止した。

 トヨタ叩きの理不尽な一連の動きを見ていて、私が期せずして連想したのは以上に見たとおりの20世紀初頭の日米関係である。そして、トヨタ事件とほぼ時を同じくして、反捕鯨団体シー・シェパードの船長が第二昭南丸の防護ネットを切り裂いて船内に侵入したところを捕まって、日本にまで護送され、逮捕されたというニュースが飛び込んできた。シー・シェパードは本部がアメリカ国籍である。所有船の船籍はオランダやカナダやニュージーランドその他であるが、オーストラリア政府が与野党共同でシー・シェパード支援を表明しているのが目を引く事実である。お金を出しているのはハリウッドの俳優やアメリカの富豪である。ここでもアメリカとオーストラリアがつながっているのは思うに決して偶然ではあるまい。

 そう考えているうちに、日を置かずしてアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞に、和歌山県太地町の伝統イルカ漁を隠し撮りした『ザ・コーヴ(入り江)』が選ばれた、というニュースがどんと入って来た。たしか同じ頃にトヨタのプリウスが暴走して止まらなくなってパトカーが駆けつけて停止させた、というまたまた因縁をつけられそうな出来事が重ねて起こって、事と次第によってはトヨタは最終的に米国市場から追放されるのではないか、と心配する向きもあったほどだった。『ザ・コーヴ』の監督がこれは日本叩きの映画ではない、とテレビでしきりに弁解しているのもかえって異様だった。イルカ漁の妨害をして和歌山県警に逮捕されながらの隠し撮りをした二人はシー・シェパードから送りこまれた活動家であることも分った。トヨタ事件との直接のつながりは勿論シー・シェパードにも、アカデミー賞にもないが、白人 植民地主義の偏狭な反日気分の高まりは間違いなくひとつながりのものとして、否応なくわれわれ日本人の肌にからみつくように感じられる。

 だからといって何も驚くことではないし、恐れることでもない。ただ、はっきり言って、歴史は80年ほど逆もどりして、1930年代の日本を取り巻く国際環境に立ち還ったのではないか、と考えずにはいられない。時代が戦争に向かっていくあのときの感情の原型にである。第一次大戦以後ずっと、アメリカとオーストラリアは秘かに手を結んで反日の牙を磨いていた。アメリカが反日で協力し合った最初の国はイギリスではない。これに最近の中国人のあらゆる手段で他国に寄生し、非常識と不衛生と厚顔無恥な振舞いのオンパレードで、がむしゃらな打算で欲望のままに生きようとするあの混沌、地球上に溢れ出した無秩序を加えて考えると、世界はもう本当に第二次世界大戦直前の状態を現出しているように思えてならない。

 いうまでもなく、だからといって、昔のようにすぐには戦争にはならない。艦隊で威嚇する時代ではなく、核ミサイルでさえ現実には使えず、武力による覇権競争ではなく、知力による覇権競争がすさまじい勢いで展開される時代となっているからである。覇権競争、すなわち新しいタイプに形は変えているが、コロニアリズムの戦争は依然として激しくつづいているのである。

 日本は標的にされている。植民地の側にあるのか、植民地を持つ側にあるのか、その両面性を具えているのが昔も今も変わらぬ日本の運命である。そして戦争をしたくてたまらないのは日本ではなく、アメリカのほうであることもまた昔と変わらない。

 トヨタ事件を見ていて、私が国際社会は今や戦前とそっくり同じになった、と言った意味は、各国の国家的エゴイズムの相互に引き合う力学がつねに戦争の予感を孕んだあの時代に似て来ているということにほかならない。そのことを例えば今の経済人はどのくらい自覚して経営に当っているのだろうか、とふと疑問になり、なぜトヨタ事件が起こったかは、NO.1になった驕りや油断を自省するといった道徳的自戒のくりかえし、日本的誠実への立ち還りではなく、それとは逆のベクトルに思い切って身をさらすことなくしては、決して解明されることはないであろう。

◇「第三の開国」とは何か◇

 トヨタ自動車の社長、会長で、2002年から日本経済団体連合会の初代会長でもあった奥田碩氏は、政治や文化に対する発言量の多いお馴染みの論客である。私はいま手許に集められた2冊の著書、講演録、インタヴュー記事など8点の氏の発言をあらためて読んだ。

 中共政府の代弁者である朱建栄氏との対談本『「地球企業トヨタ」は中国で何を目指すのか』(角川学芸出版、2007年)の中から見出し語だけを幾つか拾ってみる。「年間4000万台の生産になっていけば、世界のどこの国でも、まだ実現していない話ということになります」「この自転車が、車に替わったら、たいへんな数になる」「日本の技術で必要なものがあれば、日本は積極的に他国に移転していかなければいけないと思います」「今のトヨタというのは、国際企業であり、地球企業なのです」「地球全体を見ながら、社会、経済の仕組みを作っていかないと、とても21世紀は乗り越えられない」。

 時事通信社「内外情勢調査会」の講演(2003年1月20日)で奥田氏が強調するポイントも、ボーダレスとか多国籍とかいうことで、「国や地域という垣根にとらわれていては、企業も国も、成長できません」としきりに語る。「東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」の段落では、日本は自らの意志で「第三の開国」を行わなければならない、と述べ、モデルとして考えられているのは予想通りEUの市場統合である。

「第三の開国」は氏のもう一つの著書『人間を幸福にする経済』(PHP新書、2003年)でも熱っぽく語られているモチーフである。幕末と敗戦時で日本は二度外国からの圧力で開国をなし遂げたが、今度こそ三度目の開国は自分の力で行う意識改革でなくてはいけないと述べ、ここでもやはりEUを理想としている。「トヨタは多国籍化が足らない」と語った談話(『朝日新聞』2005・5・10)では、摩擦を避けながらアメリカでの業績を上げて行くには、外国人取締役を増やす必要があり、今まで現地生産やGMとの合弁事業などを進めてきたが、まだまだ「日本企業」のレッテルが取れないとの思いがある、と述べている。

 サブプライム問題に端を発した金融危機はあっという間に世界をまきこみ、周知の通り危機の波及がボーダレスであり、地球規模であったことはたしかに紛れもない事実だった。しかし、危機の克服となると、これは国家単位でなされるほかなかったのもまた明瞭な事態であった。

 EUの成立は多国籍とかボーダレスの理想のように受け取られ勝ちだが、ヨーロッパ世界は6、700年ほど前までまだ国家はなく、教会が国家であり、ラテン語が共通の言語であった。EUは過去のキリスト教共同体に立ち還ろうとする実験であるにすぎない。日本を取り巻く西南アジア、東南アジア、北東アジアは宗教も政体も文化もてんでんばらばらに多様で、ほぼ発展段階を同じくする地つづきのヨーロッパとは根本的に事情を異とする。それに、EUはどんなに拡大してもロシアを仲間に入れることはあるまい。近い将来においてロシアと中国が民主主義国家になる可能性が低いということが、冷戦終結から20年経った国際政治的判断のうちにあると思う。アジア史に特有の専制国家体制の残映を守りつづけるロシアと中国は、近代国家群が国境を低くして仲間に入れるにはあまりに危険が多過ぎる。

 奥田氏はそうした歴史常識に基く現実的判断力を欠いているといっていい。「この自転車が、車に替わったら、たいへんな数になる」は、ご馳走を前にして舌なめずりをする空腹の狼みたいだが、そもそも中国を国家だと思うのは言語も民族もほぼ一つの日本という国のイメージを前提にして大陸を眺めているからである。例えば「清」という国があったが、今はない。支配層の満州人は何処へ行ってしまったのかまったく分らない。戦争中も今も中国という地帯は普通の意味で考えられる国家ではないのだ。

 日本は幕末と敗戦時で二度外圧で開国し、今度は「第三の開国」を自力ですべきだという御説だが、「開国」の意味も目的も私には分らない。法秩序のない中国と共寝するのが「開国」なのか。幕末の開国はともかく、終戦時に「第二の開国」があったといえるかどうかも、私は疑問である。私見では、GHQの占領下に入ると同時にわが国は「マッカーサー鎖国」ともいうべき体制にくり入れられ、今の今に至るまで軍事的にだけでなく精神的にも日本列島の鎖国状態はつづいていると考えるべき有力な判断がある。戦前の日本は勝っても負けてもともかく自分で開戦を決定した。この自分で、がなによりも肝心なのである。戦前の日本は鎖国状態ではなかった。戦前のほうがはるかに戦後より日本人は健全だった。この判断が奥田氏にはない。

 トヨタが翻弄された今度の事件は、新社長が弁解した企業の急成長の無理が祟った過失という面よりも――不具合によるリコールは米国車にもドイツ車にもいくらもある――小さなスキを突いて襲いかかったアメリカという国家が発動した国家的行動である。世界の政治はグローバルでもボーダレスでも多国籍でも何でもない。いざとなったら国家単位で行動する。軍事力を使わない軍事行動である。奥田氏のように日本人としての国家意識を持っていない能天気なリーダーが指導していたがゆえに、トヨタは政治的に攻撃されたのである。責任は社長になったばかりの豊田章男氏にはむしろない。『朝日新聞』が「地球市民」という言葉をはやらせたように、永年にわたり「地球企業」などと歯の浮くような甘い概念を撒き散らして、トヨタ社内だけでなく日本社会にも相応に害毒を流していた奥田碩氏の、「マッカーサー鎖国」に全身どっぷりひたっているくせに、自分だけは地球的規模で開かれた国際人の指導者であるかのように思いなした自己錯覚が、今回の自社損傷の破局に至った真の原因である。

 まだまだ「日本企業」のレッテルが取れないとの思いがある、と仰ったそうだが、何という言い草か。自民党という親米政権が倒れて、暗黙の国家的庇護がなくなり、丸裸の状態になったことも今回の悲運につながるとの観測はそれなりに納得がいく。同盟国の企業は相互信頼の目で大目に見ることがある程度までいえる。どこまでも「日本企業」であることが生き残りの要件ではないか。韓国の李明博大統領は官民一体となって世界市場を開拓し、日本が得意とする原子力発電で最近日本を出し抜いてアラブ首長国連邦との巨額契約を獲得した。「韓国企業」のレッテルが取れないので困っている、などと彼らは口が裂けても言わないであろう。「日本企業」であることをさながら悪であるかのように言い、国家の庇護を受けながら国家と国民に利益を還元するよりも自社の利益の拡大のみを考える、愛国心のない企業なら、トヨタは中国へでも何処へでも行って欲しい。中国で痛い目に遭うのが落ちである。世界の各企業は多国籍のように見えて、それは外観か衣裳かであって、じつはナショナリズムで動いている。

◇亡国の経済人◇

 経済諸団体の代表者として発言量も多く、政界に影響力の大きい人は奥田氏のほかにも数多いが、判で捺したように思想は似ている。通称「御手洗ビジョン」といわれる『希望の国、日本』(日本経済団体連合会・2007年)の冒頭の標題も「グローバル化のさらなる進展」である。今後10年間に予想される潮流として「ヒト、モノ、カネ、情報、技術の国境を越えた流れが拡大」し、「第三の開国」「内なるグローバリゼーション」などが求められると、似たような用語が並ぶ。そして、私にいわせれば一種の日本国家の解体論に通じる道州制のすすめにも言及している。

 経団連会長として同書をまとめた御手洗冨士夫氏はキヤノン社長時代、「グローバル企業の社会的責務」(『国際問題』2005年10月)で、キヤノンが他の国に進出し、他の国で経営に成功するために「世界人類との共生」を説いて、現地社会との共存共栄が必要だと唱えているが、そのこと自体は理解することができる。他の国に溶け込む心得を説くのはいい。しかしそれはどこまでもキヤノンの会社の事情である。それを拡大して、日本国家の改革論にまで説き及ぶのはおかしい。『希望の国、日本』ではグローバル企業の倫理を拡大して、行財政改革や教育再生、公徳心の涵養まで説いている。しかし日本の国民教育はグローバル企業の従業員になるためにあるのではない。同じキヤノンでも元社長の賀来龍三郎氏には確たる国家観があり、愛国心があり、企業活動はどこまでも日本のためであって、その逆ではなかった。世代交代して御手洗氏になってからは「日本のため」は消えた。

 私はこの十数年間、財界人の政治発言が気になって注意深く見守ってきたが、富士ゼロックスの小林陽太郎氏と日本アイ・ビー・エムの北城恪太郎氏の財界代表としての発言内容が長期にわたりいちいち気に障り、不快だったのを思い出す。最近でも小林氏の「(中国は)平和の国、文明の国、周囲に親しまれる国という点では、日本やアメリカにも通じる」(中国国際放送局、2008年12月10日)は、いったい何だと思った。チベットやウイグルのことは考えたことがないのか。中国国内の人権侵害は見て見ぬふりか。

 外国を信じるのは決して悪いことではない。しかしそれはどこまでも自分の価値観、自分の原則をしっかり保持し、相手との相違を確かめ、いざというときに自分を貫く意志を内心に深く蔵している場合に限られる。

 その意味で小泉元首相の靖国参拝に対する諸氏の拒否反応は、決定的意味を持つ。

「首相の立場で参拝することが中国国民の感情を逆なでしたり、首脳会談の妨げとなったりしている」(小林陽太郎氏、『読売新聞』2004年9月21日)。

「中国には日本の首相がA級戦犯を合祀している靖国神社に参拝することを快く思っていないという国民感情がある。日本に対する否定的な見方、ひいては日本企業の活動にも悪い影響が出ることが懸念される。総理には参拝を控えて頂いた方がいいと思う」(北城恪太郎氏、2004年11月24日の経済同友会記者会見にて発言)。

 2006年6月16日付『朝日新聞』によると、トヨタ会長奥田碩氏がTBSの番組で次期首相(安倍晋三氏のこと)は靖国神社に「行かなければいい」と語った。氏は2005年9月に胡錦濤国家主席と北京で極秘に会談し、日中首脳同士の話合いが途絶えているのはまずいので、次期首相に靖国不参拝を求めた、と語った。

 同じく経済同友会の北城恪太郎代表幹事は2006年6月15日の記者会見で、小泉首相に変更の気配がないので「アジア経済の良好な関係を望む人々の関心は次期首相の考え方に移っている、という見方を示した」。

 安倍政権は2006年9月に成立した。安倍氏の選んだ最初の訪問国は中国であった。氏の靖国不参拝は――参拝を国民に固く約束していた人であっただけに――関係方面に大きな驚きを与えた。財界からの強い要請があっての方針変更であったというウラの事情がこうして明らかになったのだが、これは経済が政治を動かした悪い徴候の一つだった。経済人には国家観念がなく、国境意識さえ怪しい。商売ができれば何でもいい。商品が売れればそれが人生のすべてだ。そういうひとびとが群がって政治を動かし、外交をねじ曲げたのだった。

◇米中両国による再占領◇

 中国が本当に日本と商取引をしたいのなら、中国が靖国に我慢すればいいのだ。日本は中国に待たせればいい。私などはそう考えている。靖国は内政問題である。歴史は各国独自のものがあって、東アジアに共通する唯一の歴史なんてあるわけがない。

 期待された「保守の星」であった安倍晋三氏はこの最初の躓きが仇となってつぶれたのだと私は見ている。保守の看板が泣いたからである。彼が左へ左へとウィングを伸ばして勢力を広げようとすればするほど、彼を支持していた保守の固定層が失望して、離れた。保守層の自民党離れは安倍氏の靖国不参拝から始まり、麻生内閣への絶望――例えば田母神事件で見せた麻生氏の裏切り――にまでつながって、結果として自民党が崩壊した。

 ではなぜ靖国や歴史教科書や拉致の問題がトヨタの車が世界で売れることよりもはるかに日本国民にとって重大であるか。奥田氏、小林氏、北城氏がどうしても解ろうとしない肝心要のポイントだけをお教えしておく。

 トヨタは今回、アメリカという旧戦勝国の一つから国家意志の発動ともいうべき攻撃を受けた、と私は書いた。同様に、中国というもう一つの旧戦勝国にトヨタは縋ろうとして、膝を屈した。技術でも何でも差し上げます、首相の靖国参拝はさせないように工夫します、ご安心下さい、中国人のいやがることはさせません、とすり寄って、何しろ「日本企業」であることを止めていいのです、中国と手を組んで大陸で4000万台を合弁で作る「地球企業」になりたいのです、と訴えかけていたわけだが、中国の側は近頃、国産車を作るからトヨタは間もなく要らなくなる、と言い出しているそうである。しかしともあれこの間に日本の首相の靖国参拝はさせないようにした。歴史は共同研究で枠をはめた、と一歩も二歩も政治的布石を打ってきている。いうまでもなく、中国もアメリカ同様に旧戦勝国としての国家意志を発動させているからである。日本だけがそれができていない。敗戦国の上塗りをしている。商人が外交を動かし、セールスマンが政治を導いているからである。

 冷戦が終わってから20年、米中の谷間にあって日本が両国から威嚇され苦境に立たされることは前からある程度予測がついていた。日米中三国同盟を作るような平和方向を目指せばよいのではないかと簡単にいう人がいるが、日本が軍事的主体性をある程度まで保持しているのならそれも可能だが、現状では第二次大戦の戦勝国のイデオロギーの枠組みにがっちりはめこまれてしまうだけである。すなわち、かつての日本政府が共同謀議で世界征服を目指してアジアを侵略したという荒唐無稽な物語(東京裁判史観)を順守することが求められつづける。間もなく「戦後100年」が見えてくるが、そうなっても日本は自分の歴史を取り戻すことができない。「マッカーサー鎖国」が延々とつづく。米中両国による再占領はすでに始まっているが、それは歴史認識、日本国民にあらためて罪の意識を植えつける歴史の物語の新しい捏造に始まり、太平洋全域の米中二国による共同管理の固定化に終わる。日本の教育や政治の内容にまで干渉の手が入り(今だってアメリカはある程度までそうしているが、中国が参加してズタズタになる)、日本国家改造計画が推進されるようになるだろう。

 そうさせないためにもわれわれは自国の歴史の復権ということを最優先する必要があり、トヨタの車が地球の涯まで売れることよりもそのほうがはるかに大切だと私が言っている所以である。なぜなら国家意識の欠如こそが日本人の病いであり、その回復はひとえにただ歴史の自覚から可能になるからである。靖国や歴史教科書や拉致の問題は民族が自分を取り戻せるか否かの試金石である。

日本人は今まで、日本に経済力があるというだけでそれを国際社会の中での政治力と誤認してきた。外交も防衛も経済力に肩代わりさせてきた。しかし経済力がそのまま何もしないで政治力になるわけがない。そう錯覚する時代は終わった。それを終わらせたのも中国の台頭である。

 以前からアメリカの経済力は政治力でもあった。経済が牙を持っていた。経済で戦争をしていた、と言いかえてもよい。日本の経済には牙がなかった。軍事力を使えないからカネを出す。アメリカとは逆だった。しかし貧しかったはずの中国の経済には最初から牙があった。日本から援助を受けながらアフリカに援助して、政治力を育てていた。

 経済が牙を持たない限り、すなわち経済が国家の権力意志を示す政治の表現にならない限り、経済が自分を維持することさえ難しくなる隘路に今の日本は次第に追いこまれつつある。

 そのことにいまだに気がつかないのは、本論で問題にした現代日本の経済人である。経済は経済だけで自立していて勝手に翼を広げられると思っている。経済人が政治に目ざめ、国家意識の所有がいかに必要かを自覚しない限り、アメリカと中国の両サイドからの見えざる国家意志から今後もはさみ打ちされ、もてあそばれることになるだろう。

 アメリカの公聴会に呼ばれたトヨタの社長は礼儀正しく誠実だった。ハイウェイの追突は悪意ある演出だと世間に知れて、アメリカの世論の追撃も一休止するだろう。社長はアメリカで謝罪して涙を流した。そしてその足で中国へ飛んで再び謝罪した。謝罪した以上、訴訟は必ずあり、巨額の弁済を求められるだろう。しかし、アメリカ市場からトヨタ車が追い出されてしまうという悲劇には至るまい。

 それでもこれはトヨタの逸脱ではなく、アメリカの国家悪の表現であった。この国が手負い獅子である限り、何度も似た事件が日本の産業に仕向けられてくる可能性を残している。唯一の教訓は、これにより第二次大戦が日本の始めた戦争では決してなかったこと、戦争をしたがるのはいつでもアメリカのほうであることを、世界の今の心理的諸状況から誰でもが推察できるようになったことである。トヨタ事件は歴史のいい教科書にもなる。

引用記事の著者の主義・思想云々に若干頂けない面が有りますが、辛辣且つ阿漕な企業、企業人に対する痛烈な批判は喝采足るものです。人で無しがトップを取ると碌な事にならないのも理解出来ます。グローバルスタンダートなる妄言に毒されて、可笑しな国際人になろうとしている輩のオツム加減が素晴しい限りです。

新自由主義信奉者は、嗚呼云った輩ばかりです。お金儲けの為なら何処にでも諂うのです。中共で有れ、アメ公で有れ、強いては露助でも、増しては印度でも、お金儲けになるのならば、どんな不逞な国でも、終いには何処ぞの独裁国家でも相手にしちゃうのです。それが売国商人なのです。広義的に云えば売国奴です。

国際化を標榜している処は大概そんな輩です。お金儲けの為なら人は物なのです。嘗ての日本型経営風土に有った人情と云うものが一切有りません。唯一の特性を捨て去った処に愛社心等有ろう筈も有りません。増してや愛国心等有る筈もありません。あんな風土ではモラルハザードが連発続出するのは当然な事なのです。

だから日本民族が唯一保っていた特性の勤勉が喪失し、日本民族が怠け者に溢れている事になったのです。勤勉であれを躾ける機会が一切無かった世代が社会に突出仕始めた、怠け者が横行する風潮を醸し出す社会等、色々と複雑に絡み合って相乗効果となった様です。

で、そんな輩ばかりとなった日本国に、時の大国が狙い撃ちする程の価値が有るのかです。現時点では。かなり目減りはしたが、それでも巨万の富が有る為に、時の大国がしつこく狙ってくるのです。日本国に価値が無くなった時は、極貧国に堕ちた時であり、滅亡なのです。人的資源は既に嗚呼ですので、かと云って奴隷にする価値すらなく、日本民族殲滅がオチとなります。譬え、回避の為に策略を施しても、タイムリミットが延びるだけに過ぎず、結末は不変なのです。


せんでんそのものがあやしい・・・。

ダイエットで人気、「αリポ酸」で低血糖症に
4月16日15時49分配信 読売新聞

 ダイエットや老化防止に効果があるとして広く使われているサプリメント「α(アルファ)リポ酸」で、震えや動悸を引き起こす「自発性低血糖症」を招くケースが相次いでいる。

 厚生労働省研究班(主任研究者・内潟安子東京女子医大糖尿病センター教授)がまとめた全国調査で、2007年から3年間で少なくとも17件起きていたことがわかり、注意を呼びかけている。

 自発性低血糖症は、血糖値を下げる薬を使っているわけではないのに低血糖になるものをいう。重症になると、昏睡状態に陥る。

 原因は様々だが、特定の白血球の型を持つ人が、SH基と呼ばれる構造を持つ薬やサプリメントを服用すると、発症しやすい。αリポ酸にもSH基がある。

 この白血球の型を持つのは日本人の約8%だが、SH基のある薬やサプリメントによって自発性低血糖症が起きた患者は、9割以上がこの白血球の型を持っていた。

 研究班によると、全国の主要病院207施設で、07年から3年間に自発性低血糖症と診断された患者187人のうち、サプリメントとの関連が報告されたのは19人で、うち17人がαリポ酸だった。摂取した量や期間は不明だが、服用を始めてから一、二か月で震えや動悸などの症状が出て、受診するケースが多いという。

 内潟教授は「サプリメントは健康増進をうたっているが、使い方によって薬と同じような副作用が起こる恐れがある。異常が起きたらすぐ服用をやめ、受診の際はどんなサプリメントを服用しているかも医師に必ず伝えてほしい」と話す。

 ◆αリポ酸=ビタミンのように、体内で代謝を助ける働きを持つ補酵素の一つ。もともとは医薬品だが、2004年の基準改正でサプリメントとして売られるようになった。

医薬品としてのα-リポ酸を調べてみました。うーむ・・・特効薬と云える様な範疇ではなく、何となく気休め程度の効能でしかない様な・・・。医薬品としての然るべき業界では、差程美味しい物でなかったが為に、一般へ解除されたとしか思えません。詰まりは劇的な効能が無い為に、その業界から見放された物なのです。

元医薬品と云う謳い文句が欲しかったがめつい各業界が早速着手します。ええ、金儲けの為に医薬品として差程効かない物でも使い様でウハウハが見込まれるからです。早速色んな研究機関から、何故か優れた効能云々が報告されます。それに釣られた或る種のジャンキー共が集り捲ります。巷でもネット上でも話題殺到です。

色んな研究機関からの報告をじっくり拝見すると・・・偏りに過ぎたものしか出て来ません。ちゃんとしたデータが何故か出現しないのです。何処も彼処も統計の範疇でしか有りません。極稀にデータらしき物が出現しますが、全て動物実験の範囲以内です。人間様への本格的な検証の類は皆無です。らしい程度の臨床結果は数える程度です。

只、糖持ちの類には温い効能は有る様です。糖代謝が若干良くなる程度です。劇的なものでは有りません。ぶっちゃけ云えば、気休め程度の効能が見込まれる程度です。大量服飲すれば、劇的になるかも知れませんが、副作用の方が甚大になるでしょう。

痩身効果、老化防止等に効能が有ると謳われているα-リポ酸ですが、医薬品としての効能が差程でもないという事実が有る限り、非常に眉唾と考えた方が賢明です。何せ結構なお値段をする物ですから、気休め程度で済まされないのかも知れません。でも本当に気休めが可能性大です。何もせずにのんべんだらりとα-リポ酸さえ摂っていれば、「あたいは痩せ美人よ」、「何時までも若々しい儘よ」、は絶対に有り得ません。


いつでもおきるもの・・・。

ゴルフ場スイング火災、砂地にダフって火花?
4月16日18時3分配信 読売新聞

 宮城県のゴルフ場でアマチュアゴルファーがボールを打ったら火が出て、芝生が焼けた。マンガのような珍事はなぜ起きたのか?

 奥羽山脈のすそ野に広がる大和町の「ミヤヒル36ゴルフクラブ」。10日は絶好のゴルフ日和だった。17番ロングホールの2打目。同県の50歳代の男性会社役員が、フェアウエーを外れてラフに入ったボールをステンレス製の5番アイアンで打つと、火花が散った。芝に燃え移った火は約900平方メートルを焼き、約25分後、消防隊に消し止められた。

 刈り込まれていないラフの芝は高さ数センチで、下は砂地。芝の上のボールを打った男性は、県警大和署の事情聴取に「クラブはボールにきれいに当たった」と話した。実際に、グリーン方向のフェアウエーに飛ぶ“ナイスショット”だった。しかし、同署の現場検証では、ボールに焦げたような跡はなかった。

 何が起きたのか。金属加工に詳しい早稲田大の不破章雄教授は「砂を巻き込んだり、芝に浮いた砂と接触するだけでは、こうした現象は起きにくい。本人が気付かないうちにクラブが地面をこすったのでは」と指摘する。男性が「ダフった」結果、金属ヘッドと砂地がこすれ合って摩擦熱を生じ、粉になった金属が火花となって散ったと推測。「火打ち石やライターと同じ」と説明する。

 アマチュアゴルファーの平均的ヘッドスピードは秒速40メートル前後。ゴルフ用品メーカーは「スイングを繰り返す製品テストでも、火花が散ることは時々ある」と言う。石川遼選手で秒速52メートルというプロの世界。さぞ火花が散っているかと思いきや、日本プロゴルフ協会は「プロの大会では見たことがない」ときっぱり。ボールをしっかりミートすれば、火花が出る危険はない。

 それにしても、「スイングの火花による火災は聞いたことがない」(アマチュア団体の日本ゴルフ協会)と関係者は驚く。宮城県内では5日連続で乾燥注意報の発令中だった。さらに芝が生え替わる時期で、多くは枯れ草。こうした条件が重なって起きたらしい。

 同様の火災は米国でもあった。米国ゴルフコース管理者協会によると、2007年6月にネバダ州のゴルフ場でラフからボールを打ったところ、芝に火がつき、約8万1000平方メートルを焼いた。このゴルフ場でも芝は乾いていたという。

 スイング火災はともかく、ゴルフ場では野焼きの延焼などで芝が燃えることがたまにある。今回の火事では、男性らが芝に帽子をかぶせ、靴で踏んで消そうとした。しかし、これは煙に巻かれる危険がある。総務省消防庁は「素早く119番やクラブハウスに連絡を。自ら消そうとせず、従業員の指示に従って避難して」と呼びかけている。(東北総局 中根圭一)

ま、何にでも硬い物に金属を当てれば、火花は簡単に飛び散ります。硬い物の素材が火花の決め手になるのです。記憶している限りに於いては、殆どの硬い物は火花が飛び散る事間違い無いです。道端の石ころであっても簡単に火花が飛びます。

火花の飛びようです。線香花火の勢い良い時の状態の様ならば、枯れ芝生に火が付く可能性は大でしょう。嗚呼、もう一つ要因が有りました。芝生の枯れ具合というか、乾燥の程合いです。一寸した火花の一片であっても、乾燥の度合いが強烈ならば、忽ち火が付き燃え上がります。

更に要因が有るとすれば、件の当事者です。偶々ナイススイングだったのが禍したのかも知れません。ええ、力が程良く抜けて、超スピードのスイングを放ったからです。ちっぽけな石粒に超スピードで擦れて、火花が尋常じゃなかったかも知れません。偉い勢いで枯れ芝生に着火したという感じです。

今回のお話はオチなど一切有りません。オチなんか付きようがないからです。ゴルフ程度で野焼きが生じるぐらいですから、巷の日常でも火花が飛ぶ様な出来事がある限り、どんな処でも火災は発生するという事です。身近にあって、簡単に火花が飛ぶ様な類と云えば、思い付くだけでも結構沢山浮かびます。尤も最近では、火花を飛び越して、火その物で着火が問題になっている様です。ええ、アレです。電子式百円何とかと称されているアレです。


やわなこころにたかのぞみはできぬ・・・。

際限なき時代に巣食う「心の過労」
4月12日(月) AERA

──じっくり、心を込めて、仕事をすることが難しくなっている。
効率的に、極限の仕事量をさばくのが日常となりつつある。
あるコラムをきっかけに、いま働く人たちが抱える心の問題を巡った。──

 雨の月曜日は普段にも増してイライラ感が募っている。
 湿気が充満した満員電車の車内。乗客は下を向き携帯電話をいじっている。急ブレーキがかかり傘が隣の人に倒れかかる。舌打ちするだけで謝らない。
 改札の外には、宣伝文句をがなり立てながらビラを配る人。傘を広げようとするサラリーマンは、ビラに目もくれず迷惑そうに過ぎていく。落ちたビラが雨に濡れてぐちゃぐちゃに踏みつけられている。誰も自分以外のことには関心がない。
「剥がしても剥がしても張りついてくる薄い寂しさのようなものを、私たちは今抱えている気がする」
 一橋大教授で精神科医でもある宮地尚子さんは、3月17日の朝日新聞夕刊にこんなコラムを寄せた。読んで心が激しく共振した。殺伐とした砂漠のような社会で働く、一人の労働者として。

■尊厳守る最低ライン

「デフレで物の値段が下がる。物を作り、運び、売る人たちの価値が値切られる」
「肉体は動きを止めれば休養できるが、頭や心は職場を出てもすぐにスイッチを切れない」
「不安の時代」と言われるが、宮地さんは「不安」ではなく、「寂しさ」と書いた。いま労働者が直面する日常の救いようのなさは、寂しいという感情になってまとわりつく。
 最近私が取材した、従業員80人ほどの印刷会社で働く男性(31)は、こんなことをボソリとつぶやいた。
「際限がなくなっている気がするんですよね。これまで安心や安全やクオリティーのために、暗黙の了解で守られてきた一線が破られていく感じがします」
 昨年末に取引先から、「印刷代20%カット」を要求された。どんな不況期でも、「1メートル当たり1.6円」を死守してきた。それは「労働者の尊厳を守る最低線」でもあった。デフレや不況の前にはその最低ラインさえ存在しないかのような、値切り交渉を持ちかけられる。
 一方でここ数年、品質への要求水準がどんどん高まっている。目を凝らさなければ気づかない印刷のズレ、ごくわずかな発色の違い、本質的な機能には関係ない微細な部分まで完璧を求められ、その分仕事は増えていく。少しでも基準からずれれば、作り直しを命じられ、納期前は終電帰りの日が続く。「労働量の際限のなさ」を感じる。
 そんな究極の状態で、彼はあるとき年上のベテラン作業員が連発した単純ミスに、苛立ちに任せて怒鳴ってしまった。
「なんでこんなこともできないんだよ」
 ぶちまけたらスッキリするどころか、なぜあんな言い方になったのか、家に帰っても自問自答した。タイミングを見計らって、失礼な態度を謝った。
 胃炎、過敏性大腸症。体調を崩して病院に行くと、原因はストレスと診断されたという。
 穏やかな口調で話す大手メーカー勤務の女性(32)も、同じような経験を口にした。ある時、職場で自分が発した大声に驚いたことがあるという。
「そんなこと言ったってしょうがないでしょ」
 クライアントから急遽、変更要求が入ったからやり直してほしいと、上司から指示された。チームのメンバーは彼女だけが正社員で、ほかはほぼ年上の派遣や契約社員。彼女は気を使いながら、言葉を丁寧に選び、メンバーにやり直しを伝えた。だがメンバーからは、なんで余計な仕事をしなくちゃならないの?と、文句がこぼれた。どうにもならず、叫ぶしかなかったのだ。
「イライラしてすみません」
 次の日、彼女は饅頭を配って謝った。
 矛盾する要求の板挟み、終電まで働いてもさばききれない仕事量、いびつな社員構成……。職場で心を蝕むものを挙げればキリがない。でも誰も責めることはできない。理不尽な指示を出す上司だってパンパンだし、派遣社員たちにだって言い分があるのはわかっている。
 宮地さんのコラムには、こう書いてある。
「優秀だからこそ『よい人』でありたいと思う人も多いが、人の痛みへの共感は、自分をも傷つけかねない」

■善意や思いやりが凶器

 今の職場では、善意や思いやりさえも自分への凶器となって跳ね返る。気を使い、心を砕くことよりも、悩みもしないで効率的にこなすことの方が賢いとされてしまう。
「一番ひずみがたまっている現場かもしれません」
 そう言って、話を聞かせてくれたのは神奈川県の公立小で教員をする女性(34)。
 個々の児童に合わせた教育が求められ、会議や報告書の作成量が以前に比べ格段に増えた。親からは、クラス運営やクラス替えのメンバーについて細かい要求が入る。かつては「ちょっと個性的でやんちゃ」だった子どもに、病名が付けられ特別対応を迫られる。
 もともとは、子どもたちのために少しでもよい教育をしたいという学校や親たちの思いだ。でも、それは教師という個人のキャパシティーを超え、本末転倒な結果を生む。子どもから、
「先生、話があるんだけど」
 と言われても、忙しさのあまり後回しにしてしまったことがある。新人の教員たちの相談にもゆっくり耳を傾けたいが、余裕はない。
 そのひずみは彼女自身の子育てにものしかかる。今7歳の娘がアトピーやぜんそくに苦しんだ時期があった。病院でお母さんの忙しさが原因では、と言われた。どうしようもなかった。
 後輩の女性教員たちからは、
「そんなふうに仕事も子育てもするなんて絶対ムリ」
 と言われる。ここまで必死に働いて、後輩から目指されない存在でしかないって、何なんだろうと感じる。

■ゆっくり味わいたい

 確かなのは、そんなふうに働くことや生きることを誰も望んでいないということだ。それなのに、殺伐とした日常に私たちは搦めとられている。
 どうしたら抜け出せるのか、手がかりを教えてもらいたくて、宮地さんに会いに行った。
「私も答えを持ち合わせていません」
 宮地さんはそう前置きし、自分自身もストップできない日常に巻き込まれていると語った。ただ、ほんのちょっとした意識の大事さを教えてくれた。
「目には見えないけれど、脳や心にもキリがあることを意識すること。だれも万能ではないのだから、疲れたら少しでいいから肩から荷をおろすこと。『できる人』と自他ともに認める人やトップに立つ人ほど、『できない』と言う勇気をもつこと。みんなが少しずつ降りることを実践すること。そんなことしかないんじゃないでしょうか」
 小さなことから始めてみる。メールを見ない時間を作る。返信が少しぐらい遅れても割り切る。電車の中でまで寸暇を惜しんで情報をかき集めたり勉強したりしない。待つ時間や何もしない時間の豊かさを感じる……。そんなことで「心の過労」は少しずつ癒されていくのではないだろうか。
 前出の印刷会社で働く男性は、意識的に歩くことを心がけた。歩くために、少し早めに仕事を切り上げるようになった。歩く間は自然と頭が切り替わる。心が随分解放されたという。
 宮地さんの近著『傷を愛せるか』にはこんな一節がある。
「味わいたい。ゆっくり味わいたい。そう心が叫ぶ」
 忙しさから逃れてたどりつきたい境地は、丁寧に、心を込めて、ただ仕事を味わうことだ。
編集部 木村恵子
(4月19日号)

生真面目な程、生き難い現代社会は、本当にいい時代なのでしょうか。好い加減な程、生き易い現代社会は、果たして悪い時代なのでしょうか。一見、対極に有る様ですが、これも同じ時代なのです。気の持ち様で大きく変貌するのです。内なる壁が内なる敵を作っている、そんな構図が件の引用記事なのです。

気の持ち様と云う表現も結構あやふやです。容易く云い変えれば、思い込みの度合いです。生真面目な程、思い込み様が尋常では無い場合が大半です。思い詰めての果てに、不幸が良く発生する事、多々有ります。一方、好い加減な程、思い込む様な事は略皆無が大半で、思い詰める事は、即忘却の彼方がオチです。

ま、こればかりは生来の気性で左右されますから、その分野の矯正は到底叶いません。死んでも治らない類の一つです。生真面目な程に自己破綻のリスクは極めて高いのです。そうそう、思い出しました。語っていいものか、口が憚りますが、敢えて語ると致します。

実は生真面目な程、無能の度合いが増すのです。ええ、矛盾している様ですが、これが現実なのです。無能と云う表現が否定的なので、非難囂々は覚悟の上です。かと云って、好い加減な程、有能の度合いが増す道理は有り得ません。同じ様に無能の度合いが増すのです。両者は違う様で同じ相関性に有るのです。諦めの度合いが違うからです。

諦める事を知らない故に、無能になり、諦め過ぎる故に、無能になるのです。だからこそ中庸が大事なのです。バランス感覚とも云えます。平たく云えば、適当です。これはどんな時代であっても、生き延びて行くに相応しい生き方の一つなのです。適当、これは或る種の諸刃の剣です。平凡を強制されるのです。しがない一般庶民に殉じる事なのです。


つこうていないが、わかるで・・・。

短縮URLを使うIMスパムでワームに感染
4月9日10時54分配信 ITmedia エンタープライズ

 セキュリティ企業のTrend Microはこのほど、Yahoo! Instant MessengerやMSNなどのインスタントメッセージング(IM)アプリケーションで、短縮URLを悪用するスパムが出回っているのを発見したと伝えた。

 短縮URLは、長いURLを短縮して表示するサービスで、TwitterやSNSで頻繁に利用されている。Trend Microによると、今回見つかったIMスパムの短縮URLは、クリックするとワームをダウンロードさせる仕掛けになっていた。

 このワームは人気のアプリケーションやゲームソフト、映画などのデータを装い、リムーバブルメディアやP2Pネットワーク経由で増殖して、サービス妨害(DoS)攻撃を仕掛ける機能を持つという。

 攻撃者にとって短縮URLは、ユーザーをだまして怪しいリンクをクリックさせやすくする手段とみられる。実際のリンクにたどり着くのに時間がかかるため、ウイルス対策ソフトでは不正なURLが検出しにくい。Trend Microはユーザーへこうした手口の注意を促している。

これはさほど珍しくない手法です。何かと話題のツイッターにも仕込まれている場合が多いです。大元を探れば、アフィリエイトの手法に使われていました。あの手のURLは長ったらしい上に、ネット上で正義感ぶって居る輩に悟られない様に偽装を施したのが、件の短縮URLなのです。ええ、要するに中継点を噛ます事で、長ったらしいURLが程良く短くなるのです。

とは云っても、短縮URLはランダムに形成されます。意味不明な文字列が特徴です。これが真贋を見極める唯一の物です。だからこそ聡い方なら、一見怪しいURLと映ります。然し、ネットデビューした初心者、ネットの恐怖を知らない無知者、欲に駆られて周りが見えない強欲者等は、これが普通にしか見えないのです。一回でも痛い目に遭えば、一見怪しいURLが浮かび上がります。

そうそう、短縮URLサービスなるものは無料で提供されている処が大半です。御厚意でサービス提供しているのです。これが悪意有る輩に付け込まれる温床であり、丸で加担しているかの様な存在です。御厚意と云えない様な感じすら覗わせます。斯う云ったサービスは簡単に作成出来る為に、差程管理業務を必要とされません。作り上げたら、サーバー管理だけで放置状態が多いのです。何せ御厚意の一環ですので。

本の五年間で、ネット上ではやばい物が蠢く状態になるとは思いもしませんでした。クリックしただけで感染する類も五年前は皆無だった筈なのです。サイトを覗くだけで感染すると云う類も殆ど皆無でした。いや、エロいサイトでしか存在していませんでした。ん?そこで築かれた技術が、悪意有る輩に盗用され一般に拡がったのかも知れません。要らぬ事が余計な事を仕出来した、先人の御厚意に呪い有れと呟く事に致しましょう。


マジなのか、ガセなのか・・・。

書き込み者情報、接続業者も開示義務…最高裁
4月8日21時22分配信 読売新聞

 インターネット掲示板の書き込みで名誉を傷付けられたとして、静岡市内の土木工事会社と経営者らが、NTTドコモに、プロバイダー責任法に基づき、書き込みを行った者(発信者)を特定する情報の開示を求めた訴訟の上告審判決が8日、最高裁第1小法廷であった。

 金築誠志裁判長は、同社のようなプロバイダー(接続業者)も情報を開示する義務があるとの初判断を示し、同社の上告を棄却した。発信者の氏名や住所の開示を命じた2審・東京高裁判決が確定した。

 2002年に施行された同法では、ネット上で中傷やプライバシー侵害などの被害を受けた人が、通信を媒介している業者に発信者情報の開示を求めることができる、と定めている。地裁段階では、掲示板などの管理者だけでなく接続業者にも開示義務があるとの判決が多数言い渡されているが、最高裁の判断は示されていなかった。

 同小法廷は同法の目的について、「(インターネットなどによる)情報の流通では、被害が際限なく拡大するうえ、加害者の特定も難しいことから、その特定を可能にして被害者救済を図ることにある」と指摘。

 そのうえで、プロバイダーしか発信者の氏名や住所を把握していないことが少なくないことなどから、プロバイダーにも開示の義務があると判断した。原告側は「税法に違反している」などと掲示板に書き込まれたため、管理者に発信者情報の開示を求めたところ、NTTドコモの携帯電話を使って書き込まれていたことが判明。同社を提訴した。

 1審・東京地裁は請求を棄却したが、2審で逆転していた。


ネット中傷 ドコモの上告棄却 最高裁
4月8日23時22分配信 産経新聞

 インターネットの掲示板に名誉を傷つけられるような書き込みをされた会社とその社長らが、プロバイダー責任法に基づき、書き込みに利用された接続業者「NTTドコモ」に発信者の契約者情報を開示するように求めた訴訟の上告審判決が8日、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)であった。同小法廷は「接続業者は発信者の住所や氏名を把握しており、加害者を特定し被害者の権利救済を図る趣旨で、開示を求められる対象にあたる」と指摘、ドコモ側上告を棄却した。

 ドコモ側に契約者の住所や氏名を開示するよう命じた2審判決が確定した。同種の訴訟では、地、高裁段階で開示を命じる判決が大勢で、業界内でも理解が広がっていたが、最高裁が判断を示すのは初めて。

 争点は、接続業者がプロバイダー責任法に定められた、開示請求できる対象にあたるかどうか。ドコモ側は「開示請求の対象には該当せず、通信の検閲禁止にも反する」などと主張した。

 しかし、同小法廷は「不特定多数に受信されることを目的にした掲示板に書き込むための通信を媒介する接続業者は、開示請求の対象になる」と判断した。

 2審東京高裁判決などによると、「関東鳶工業」(静岡市)とその社長らは、ドコモの携帯電話からネットの掲示板に名誉を傷つける書き込みをされたとして、書き込んだ個人を特定して損害賠償請求するため、ドコモ側に発信者の契約者情報の開示を求めた。1審東京地裁はドコモが同法上の開示対象となる「特定電気通信役務提供者」にはあたらないと判断したが、2審は覆していた。

迂闊に、噂の範疇であっても、人から聞いた事を其の儘と情報発信出来なくなったと云う事です。それをやるのなら、自分に責任を持てと云う事です。要するにネット上で書き込んだ全てに責任の義務が生じたと云う事です。何をするにも責任が課せられ、向こうさんの御機嫌を損なう様な事が起きた場合、謝罪と賠償の義務が生じるのです。拡大解釈の愚を起こせば、何にでもいちゃもんが可能となってしまいます。

そんな状況に至ったのは、云うまでも無くネット上で日々憂さ晴らしに興じる輩が全ての諸悪の元兇です。己の非を直ぐ他人転嫁する様な輩です。唯我独尊気分でネット上を荒らし回ってきたツケが、己にも、増して非道にも他人を巻き込むと相成る様に降り懸かってしまいました。実迷惑勝手な輩です。嗚呼云った戯けた輩を排除する手筈を施さなかったツケも相乗効果と相成った様です。

にも拘わらず、何の対策も講じない放任主義を貫けば、現政権の悪しき企みから付け入る隙を与えかねません。ネット規制、強いては情報統制、終いには中共の如くに情報弾圧が為されましょう。有り得ない様に思えますが、現政権の明白になった性根から分かる様に、絶対に有り得ないと云う保障は一切有りません。有り得るから恐ろしいのです。何処の日本民族が政権授与した為に、向こう三年半位は、しがない一般庶民にとっての強権政治が何時でも可能な状態になっています。

参院選後の動向次第でしょう。何処ぞの日本民族が間違った選択を仕出来して、現政権維持可能な状態にさせてしまえば、一郎の指揮の下で、しがない一般庶民に対する強権政治が実行されましょう。何せ向こう三年間は国政選挙が一切無いのですから、幾ら良識有る国民が反対しようとも、気兼ね無く強圧政治がどんどんやってしまいます。そうそう、参院選で余程の大惨敗で無い限り、予定調和の範囲以内に有る事は、敢えて語っておきます。


よくぼうがひきがねとなる・・・。

世界は「民から官」
2010年4月6日 The JOURNAL

 「資本主義経済が破綻して危機に瀕した時、それを救済出来るのは国家である」と歴史は教えている。「民」に任せれば破綻は拡大する。従って危機の時に「官から民へ」を叫ぶのは歴史に逆行する間抜けな話である。
 
 1929年10月24日、ニューヨーク証券市場が大暴落した時、共和党のフーバー大統領は「政府は経済に介入すべきでない」との姿勢を取り、そのため破綻は拡大して世界に波及した。各国の金融機関が倒産、それに伴い企業も倒産、失業と貧困が街に溢れた。これが世界恐慌である。今で言う「小さな政府」の政策が世界を不況のどん底に陥れた。
 
 フーバー大統領に代わって登場したF・ルーズベルト大統領は、それまでの政策を「新規まき直し(ニュー・ディール)する」と宣言し、国家が経済に介入する政策に切り替えた。ケインズ経済学の修正資本主義路線を採用、国家が税金を使って公共事業を興し、ダムや道路を造った。同時に貧困に苦しむ国民を救済するため、税金を使って福祉を充実させた。今で言う「大きな政府」の政策である。
 
 その方向は正しかったが、社会主義の計画経済に比べれば効果は薄かった。スターリンの共産主義や、ヒトラーの国家社会主義の計画経済は世界恐慌の影響を受けなかった。結局アメリカ経済が立ち直るのは日本の真珠湾攻撃によってアメリカが戦争に突入し、軍需産業が盛んになってからである。不幸なことだが20世紀の世界恐慌は戦争によって解決された。いずれにせよ危機になれば、国家が経済に介入しないと回復はおぼつかない。それが資本主義の宿命であり、世界恐慌が教える歴史の教訓である。
 
 リーマンブラザーズの破綻に端を発するアメリカの金融危機は、瞬く間に先進資本主義国の経済を直撃し、「百年に一度」とグリーンスパン前FRB議長に言わせる規模となった。そうした時期に大統領に就任したオバマの経済政策が「大きな政府」になるのは当然である。
 
 だが社会主義を嫌うアメリカ国民の心情に配慮して、オバマ政権は「大きな政府」とは言わずに「賢い政府」と言った。しかし巨額の財政出動によって政府が破綻企業を救済し、経済の安定を主導する政策は「小さな政府」の対極である。アメリカは今や「官から民へ」ではなく「民から官へ」の政策を採っている。
 
 ヨーロッパ諸国は元来福祉国家を目指してきたのでいずれも「大きな政府」の政策である。英国病から脱するため「小さな政府」を導入したサッチャー時代のイギリスも、今ではサッチャー路線を採っていない。こうして先進資本主義諸国はいずれも政府が経済運営で大きな役割を担うようになった。
 
 しかし政府が湯水の如く税金を使える訳ではない。何もしなければ経済は破綻するが、税金を投入して危機を回避しようとすれば、今度は財政が破綻して国家そのものが破産する可能性がある。かねてから巨額の財政赤字を抱えるアメリカは、それでも危機回避のためには巨額の財政出動を迫られており、その舵取りは極めて難しい。アメリカ政府は今、喉から手が出るほど金が欲しい。
 
 戦後、西ドイツと共に「反共の防波堤」と位置づけられた日本は、アメリカの「ソ連封じ込め戦略」によって経済的繁栄を約束された。第二次世界大戦の敵国でありながら、西ドイツも日本もアメリカの手によってアメリカに次ぐ経済大国に育て上げられた。とりわけ日本は80年代に世界最大の債権国となり、逆にアメリカは世界最大の借金国に転落した。その日本は今、国家財政は赤字だが個人には1400兆円の金融資産がある。
 
 冷戦が終結すると当然ながらアメリカの政策は一変した。まずは日本経済を「ソ連の次の脅威」と位置づけ、次に日本が官僚主導の計画経済体制である事から、旧大蔵省と旧通産省の力を削いで計画経済の枠組みを崩し、日本の金融資産を民間ベースに取り込む工作に取りかかった。
 
 そもそも日本の銀行や証券会社は全く「民業」とは言えない。旧大蔵省管理下の「護送船団」で、競争のない既得権益であるから叩けばいくらでもホコリは出る。特にバブル期に積み上げられた不良債権が顕在化すると、アメリカから不良債権処理を最優先にするよう要求された小泉政権は、金融再生法によって銀行を次々国有化し、それをアメリカの民間ファンドに売却した。
 
 アメリカの最大の狙いは郵貯と簡保である。その300兆円の資産が国家の管理から解き放たれれば、様々な金融商品の対象に組み込む事が出来る。小泉政権はアメリカの筋書に沿う形で郵政民営化も実現した。しかし昨年の政権交代でアメリカの思惑は外れた。もとより自民党政権にうんざりだったアメリカは、一方で政権交代を歓迎しつつ、しかし郵便局が国営化されて巨額の資金が国家の管理下に置かれるのは困る。そこで民主党政権に厳しい姿勢を取るようになった。それが普天間問題である。
 
 かつて沖縄返還を巡ってどれだけの経済的要求を日本が飲まされたかを思い起こせば、アメリカにとって沖縄は有力な経済カードである事が分かる。あの時日本は沖縄返還と引き替えに繊維製品の対米輸出を規制され、かつ航空機の購入も約束させられた。それが後のロッキード事件につながる。そして近年明らかになった「密約」によれば返還費用も肩代わりさせられていた。民主党政権が名護移設を受け入れられない事を百も承知だからこそアメリカは名護移設にこだわる。アメリカにとって名護にメリットがあるからではない。他に目的があるからだ。
 
 そこで郵政民営化の見直しである。日本がこの経済危機から脱するためにはやはり財政出動が必要だが、国の財政はアメリカほどではないにしても巨額の赤字を抱えている。これを乗り切るには国債に頼るしかない。赤字国債と言えば聞こえは悪いが、それが無用な公共事業ではなく、オバマの言う「グリーン・ニューディール」や将来の日本を支える科学技術や教育投資に使われるのなら有用である。
 
 そのために郵貯や簡保を国の管理下に置こうとする郵政改革法案は「民から官へ」の動きで、現在の世界の流れに符合している。そして財政赤字に苦しむアメリカの国債を郵貯資金で購入すれば、アメリカが当初目論んだ資金の流れとは異なるが、アメリカの経済要求に応える事が出来る。それは普天間問題にも影響する筈だと私は思う。
 
 ところがこの動きを「官の肥大化につながる」とか、郵貯の預け入れ額の引き上げを「民業圧迫だ」という批判が民主党内から起きた。全く民主主義を理解しない人間の戯言である。政治家が主導して政府の管理を強める事のどこが「官の肥大化」なのか。国民の代表である政治家が主導する限り、それは国民主権の行使であり、「官」は政治のコントロール下に置かれている。
 
 また日本の銀行を「民業」と言う認識にも驚いた。日本の銀行は民間ではあるが、1927年の銀行法制定以来、厳しい官の統制下にあり、官僚に手取り足取りして貰わないと何も出来ない。それが「メインバンク制」という企業を官僚組織の支配下に置く装置として使われた。世界に名だたる「日本株式会社」の特殊構造である。
 
 政府の管理を強めたり、官僚の権限を強めることが「官の肥大化」になるのは、政治家より官僚が政府を支配する国の話である。政治家が官僚をコントロールする国家では官僚が民間企業に「天下る」事も何ら問題でない。アメリカでは有能な人間がある時は官僚になり、それが民間企業の経営者に「天下り」し、また官僚に戻ったりする。ところが日本では、日銀総裁人事でも日本郵政の社長人事でも、官僚OBと言うだけで大騒ぎした。
 
 騒ぐのは今回と同じで民主主義を知らないのである。しかし自民党にも民主党にもそういう政治家が一杯いる。それが「改革派」を自称する。しかしそれこそ民主主義を壊す存在である事を国民は良く覚えて置いた方が良い。
(田中良紹)

静香寄りなのでしょうか、あの方や平蔵等の新自由主義型経済を、厳密に観れば違うのでしょうが、大いに否定しています。歴史から資本主義なる物は一旦暴走すると社会主義に頼らざるの得ない状況に陥れる類の様です。要するに欠陥だらけの代物なのです。欠陥故に色々な御題目がオプションに付きがちです。そのオプションが陥れる大罪となり得る場合が多いのですから、将来に於いて、欠陥を打ち消すべく、厳密に突き詰めなければならない分野と云えます。

ふと気付いたのですが、資本主義なる物は資本家、所謂お金持ちが、大いに何にでも勝手振る舞うのが基本なのでした。金持ちの横暴が許されている実勝手な物だったのです。欠陥性が大いに有る理由です。後付けで色々なオプションの集合体が現代資本主義と称されている物の類です。それに怪しげな数式を組み込んだのが、俗に云う金融工学、経済工学等と宣った理数系風なインチキ経済学類です。

まあ、中味はお金儲けの為に如何に無知な輩をだまくらかすに苦心された空疎な物です。尤も古来、資本主義なる物は、大衆に理解出来ない様に複雑怪奇に準じた暗号で保っています。故に資本家が益々富める様に組み込まれている完成体です。強欲が基本に有るので、暴走を止める手筈を一切有しません。行き着く処まで行ってしまうのがこの資本主義の欠陥なのです。欠陥を補うべく手法を施す事は、強欲その物に死ねと宣告される様な物です。

資本主義の欠陥を補うべく、強欲の対象を大きく拡大したのが、大きな政府、即ち社会主義なる物です。強欲の度合いを強めたのが俗に云う共産主義です。或る意味、国その物が神の如き一個人の所有物と化する壮大な独裁型資本主義と云えます。社会主義はその一寸手前の段階です。広義的に考慮すれば、或る種の中途半端な存在です。どちらにもぶれ易いと云う欠陥性が玉に瑕です。

その他色々な主義は有りますが、主として資本主義、社会主義、共産主義で今現代の世界で保っています。その三つでしか存在していないのです。如何に世界は文明が進んでいない証しなのです。強いて云えば、人類そのものが一切進化していない証しでも有るのです。何故に新しい主義が生まれないのだろうか。其処に大いなるジレンマが有るのです。現実に囚われ過ぎて、理想が一つも見えて来ないのかも知れません。創造の行き着く果てが見えなくなったのかも知れません。


しゅうちゅうりょくのつかいよう・・・。

運転と携帯を同時にこなす人は稀に存在
4月 5日(月) ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト

 携帯電話をかけるなど別のことをしながら運転すると、ほとんどの人がうまく運転できないことは、既に多くの研究で明らかになっている。その一方で、複数の作業を同時に行っても、いつもと同じか、いつもよりうまく作業をこなせる“超人的”な能力の持ち主が少数ながら存在することが新しい研究で判明した。

 研究によれば、このような“スーパータスカー”は約40人に1人の割合で存在するという。この発見により、複数の情報の流れを人間の脳がどのように処理するのかにについての新しい研究が数多く展開する可能性がある。

 スーパータスカーの存在は「一見すると従来の認知理論に反しているように思える」と、研究の共著者でユタ大学の心理学者ジェイソン・ワトソン氏は話す。これまでの理論では、人間の脳は一度に1つの作業にしか能動的に注意を向けることができないとされていた。

 今回の研究で、ワトソン氏の研究チームは200人を対象に車の運転シミュレーターを使った実験を行った。被験者はまず注意をそらせるような障害を受けずに運転し、次に算数の問題を解いたり携帯電話で伝えられた言葉を覚えたりする作業を行い、次にこの2つの作業を同時に行った。

 ほとんどの被験者は、運転と問題の解答の両方に同時に取り組もうとすると、どちらの作業もうまくできなくなった。しかし、被験者のうち5人は携帯電話を使いながら何の問題もなく運転できた。そのうち2人は運転しながらの方が数学の問題をうまく解くことができた。

スーパータスカーが存在するかもしれないということは、私にとっては目新しいものでない」と、ミシガン大学心理学部の教授で認知科学者のデイビッド・メイヤー氏は話す。同氏は今回の研究には参加していない。

 メイヤー氏の研究チームは、コンピューターが複数のプログラムを同時に実行できるのと同じように人間の脳も複数の情報を並行処理できるとする論文を1995年に発表している。研究チームはこの時、脳が複数の作業を効率的に行うことは絶対にできないとする主張を「信じがたい」と評した。

 また、研究チームが1990年代に行った研究では、一定の条件下で複数の作業を行っている場合と1つの作業を行っている場合とで反応の速さに違いがない被験者が存在したことが確認されている。

 今回の研究の共著者であるワトソン氏が次に研究したいと考えているのは、スーパータスカーがどのように思考しているのか、ほかにどのような作業をうまくこなせるのかということだ。同氏は現在、戦闘機のパイロットの脳を研究する計画を立てている。この研究は、複数の作業を同時にこなす非常に高い能力が求められる職業をスーパータスカーは自ら選択しているという仮説に基づいている。また、料理人、オーケストラの指揮者、テレビ局のプロデューサーも研究対象にしようと考えている。

 ただしワトソン氏もメイヤー氏も、携帯電話を使いながら車を運転することを正当化するために研究結果を利用しないよう警告している。そもそも、どの研究も研究室の中という単純化された条件下で行われており、実生活での車の運転に関わる問題を網羅したものではないとメイヤー氏は説明する。

「複数の作業を同時に行うことが難しいのか簡単なのか、どのような場合にそうなるのか、どの程度そうなのかは、実際に行う作業の種類と、その作業に取り組むための戦略によって変わる」。

 ワトソン氏も、自分をスーパータスカーだと“自己診断”して運転中に危険を冒すようなことは絶対にしてはならないと注意を促す。「多くの人が自分は例外だと思いたがるものだが、その考えが正しいことはまずない」。

 スーパータスカーの研究は「Psychonomic Bulletin and Review」誌に近日中に掲載される予定である。

Rachel Kaufman for National Geographic News

嗚呼、然う云えば、そんな人間が過去に数人居た事を思い出しました。過去の時代ですから、運転と携帯云々では有りませんが、変に二つの作業を平然とこなしている人間が居たのです。生まれ乍らの資質は当然な事として、案外慣れで可能なものです。慣れで特殊な条件下での並列作業が容易に出来るのです。資質が根本ですから、向き不向きの差異は仕方が有りません。

と云うよりも無意識でやっている場合が多いのではないかと推測されます。ええ、知らず知らずの内に実行しているものです。普通の人が嗚呼云った事が出来ないと宣っては居ますが、案外日常でやっているものなのです。気が張っている場合にやってしまっている場合が多いのではないでしょうか。

だからと云って、車の運転に携帯は危険運転そのものです。酒飲み運転と同じ行為なのです。法で禁止されているにも拘わらず、オツムが軽い粋がっている諸君を中心に、格好付けの為に案外やっているのですから、どう仕様も有りません。

思えば、日本でも聖徳太子があんな超人じみた才能を発揮している伝説が有ります。同時に十人の話を聞き分けると云う所業です。これも同時並列処理の類です。先天的資質に加えて後天的な訓練の賜物です。研究の成果から、今では伝説の類ではなく、十分可能な範囲と結論付けています。実際に嗚呼云った近い人間が存在しているのですから、結論を付けるまでもないと云う事です。

先天的資質が有りきですから、極々普通の人間には嗚呼云った事は出来ません。但しこれに近付く様な事は可能です。準並列処理作業と云いますか、長年の慣れ、訓練と云った方が正しい、その人個人の資質に合ったものだけが可能なのです。因みに、車の運転に携帯は、モータスポーツ一流以上ドライバーと同様な資質が無いと出来ない並列処理なのです。故に、粋がっているお茶目屋さんが嗚呼云った事を平気で仕出来す理由も何となく分かろうと云うものです。


なにしとんのや・・・。

相次ぐ赤ちゃん事故 「カンガルーケア」実施に慎重さ求める動き
4月3日12時55分配信 産経新聞

 生まれたばかりの赤ちゃんを母親が胸元で抱っこする「カンガルーケア」の最中に赤ちゃんが低体温状態に陥り、けいれんをおこしたり呼吸が止まったりする事故が相次いでいる。母乳育児の促進などに有効とされ、多くの医療機関で導入されているが、施設によっては事前説明もせず、実施中の見守り態勢がずさんなところもある。メリットが強調されてきたカンガルーケアだが、安易な実施に警鐘を鳴らす動きも出てきた。(力武崇樹)

 ■待望の赤ちゃんが…

 「いいお産でしたよ。何の問題もありません」

 昨年12月9日夜、長崎市の産婦人科医院でのいつもの光景だった。赤ちゃんは「オギャー」と元気な泣き声をあげ、院長も満足げな笑みを浮かべていた。

 同市の男性会社員(44)と主婦(45)が授かった初めての男の子(3156グラム)。2人とも無事の出産に胸をなでおろし、喜びをかみしめた。

 助産師は手際よく男児の身長や体重の計測を終え、主婦に「体に密着させて」と抱かせた。しかし、直後から男児のつめは紫色になり、手足も動かさなくなっていく。

 助産師に問いかけても「大丈夫ですよ」というばかり。次第に男児の手は白くなっていったがなぜか近くに助産師の姿はなく、主婦の叫び声で駆けつけたときには、男児の呼吸は止まっていた。

 男児は市内の病院に救急搬送され、一命は取り留めたが、脳は機能せず、今も意識不明のまま。医院側からは事前にカンガルーケアの効果や危険性についての説明はなく、男性も主婦も「事故になる可能性があるのなら、絶対にカンガルーケアをしなかった」と憤る。

 ■相次ぐケア中の事故

 日本母乳哺育学会の学術集会で昨年、国内205の医療施設に対する調査の結果、カンガルーケア中に赤ちゃんの状態が急変したケースが16例あることが報告された。

 そのうち10例は心肺停止や呼吸停止に陥り、うち2人は死亡。5人は脳機能障害など重篤な症状が残った。いずれのケースも看護師や助産師が見守ることなく、赤ちゃんの呼吸状態などを観察する機械も設置していなかったという。

 報告者の1人、倉敷中央病院総合周産期母子医療センター(岡山県倉敷市)の渡部晋一主任部長は「カンガルーケアは子育てに有効で推進すべきもの」としたうえで、「看護師らがそばに寄り添うなど母子をきちんと見守ることと、欠点も含めた事前説明は必須」と話す。

 鹿児島市立病院総合周産期母子医療センター新生児科の茨聡部長も「肺呼吸に移行したばかりの赤ちゃんは非常に不安定。異変に即座に気づき、対処できる仕組みの確立がカンガルーケアの大前提」と、母子管理や救急体制が不十分な施設でのカンガルーケアの実施に注意を促す。

 渡部主任部長らカンガルーケアを推奨する専門家グループは、カンガルーケア中の見守り(モニタリング)や家族に対する事前説明のほか「新生児蘇生に熟練した医療者による観察」などを求めるガイドラインを策定。その上でカンガルーケアを「(産後)できるだけ早く、できるだけ長く」実施することを勧める。

 ■赤ちゃんには寒い分娩室

 カンガルーケアはもともと、南米コロンビアで保育器不足の対策として始まった。新生児死亡率の低下に効果がみられたことから世界的に注目されるようになり、母子関係の向上にも効果があるとして日本でも15年ほど前から導入する医療機関が広がった。

 しかし、日本はコロンビアとは自然環境も医療水準も異なる。日本では分娩(ぶんべん)室の温度が25度前後に保たれており、「生まれたばかりの赤ちゃんにとっては寒い」との指摘もある。自律神経が安定していない出生直後は、低体温状態に陥りやすいというわけだ。

 新生児の体温管理に詳しい久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)の久保田史郎院長は「日本の分娩室では生後1時間前後で体温と血糖値が最も下がる。出生直後からカンガルーケアを行うのは極めて危険で、症状が表に出ない場合でも脳の発達に障害を与える可能性もある」と警鐘を鳴らす。

 こうした声は徐々に広がりつつある。昨年12月の長崎市での事故を受け、日本産婦人科医会長崎県支部は3月末、カンガルーケアの実施上の注意点をまとめた通達を県内の開業医らに出すことを決めた。

 事前説明と保護者からの同意、ケア実施中に看護師や助産師がそばで見守ることなどを求める内容で、牟田郁夫支部長は「カンガルーケアの問題点についても十分に認識した上で実施してもらえるよう注意を喚起したい」と話している。

然う云えば、TVでの有名人等の出産シーンに良く見られる光景です。何でいきなり、生まれたまんまの垢塗れの赤ん坊を無理矢理抱かせているんだろうと思いました。自分の記憶が正しければ、生まれた直後、垢塗れの皮膚を綺麗にする事から始まります。ええ、保温と殺菌を兼ねた産湯です。流行に流される事の愚を又新たに一つ刻み込みました。

日本の大昔の光景が正しかったのです。南米のコロンビアは熱帯性の季候です。故にあの方法は可能なのです。日本でも大昔ならば。暑い暖かい季節の限定条件なら可能です。あの時代は冷房、即ちエアコンなる物が無かったのですから。今は実行自体が問題視されています。と云うよりも流行に囚われ過ぎて、医学として当たり前の知識を忘却するとは何ぞやです。

巷と云うか、世間のお母様の認識不足も有りそうです。大昔の医学書なら、いや今の医学書でも、当たり前の知識として載っています。其処でも流行に囚われ過ぎて、いやメディアの狡猾な宣伝に欺されて、嗚呼云った事を推奨している所に集中しがちです。故に医療機関も、疑問を感じつつも、お金儲けに為にと目を瞑ってでも、流行に乗った嫌いが有ります。

云っておきますが、生まれた直後でも無くても、母子の絆は不変なのです。10ヶ月近くお腹で共に過ごしていたからです。鼓動も呼吸も同心一体です。生まれた直後でないと母子の絆が深く刻まれない等と云う盲信が、鼻から可笑しいのです。南米のアレは基督教的な背景故に慣習化された嫌いが有ります。慣習ですから医学的な見地が端から無いのです。無理矢理こじつけた見地で正当化しただけに過ぎないのです。気休めの何となくそう思えるだけの程度です。

余計な配慮、無知が醸し出す愚、嗚呼云った所業で生命を紡ぐとは本末転倒です。そうそう、ラマーズ法なる物もかなり疑問点が浮上しています。過呼吸で母子共に生命の危険に曝される可能性が有ります。ええ、アレも気休め程度です。お産が軽くなった訳では有りません。呼吸法に集中させる事で一種のトランス状態を作っているだけです。これが現場に取って都合がいいので、疑問を感じつつも、効率性で欺瞞普及させているのです。


えらくなると、かわるもんやね・・・。

国歌斉唱「声小さい」 橋下知事、任命式で一喝
4月1日15時51分配信 産経新聞

 大阪府でも、新規採用職員任命式が開かれた。今年度から式典の開会にあわせて国歌斉唱を導入したが、橋下徹知事は「声が小さい」と一喝。「皆さんは国家のもとで仕事をするのだから、思想信条の自由とかいっている場合ではない。国歌はきちんと歌うのが義務」と早速、橋下流の洗礼を浴びせた。男性職員は「学校などで国歌を学ばなかったので、歌えなかった。日本人なので歌えるようにしたい」。別の女性職員は「歌えるけど、恥ずかしくて声が小さかった」と話した。

 大阪市でも新規採用者の発令式が行われ、平松邦夫市長が新職員約120人にあいさつ。「職員の不祥事が続発しており、周囲から心配された人もいるかもしれないが、市民のために動ける大阪市を皆さんの力を借りながらつくっていきたい」と呼びかけた。さらに「府市再編とか言っている人がいるが、地域主権の主体である基礎自治体をリードしていくのは大阪市だ」と橋下知事を牽制(けんせい)した。

何となく新自由主義信奉者の薫りさえする件の府知事ですが、自らの信条を押し付けるのはどうかなーと云う感じです。冷静沈着に見れば、傲慢の気配さえ覗わせます。御本人に取っては単に恫喝を示す事で自分の思い通りになる云い成りロボットを目論んでいるのかも知れません。

まあ、妄想は此処までにしておいて、問題は引用記事に有る野郎職員の云い訳です。確かに、土地柄も有ってか、反日思想に凝り固まった処が多いだけに、国歌なる物の歌詞を学べない事情は良く分かります。只、可笑しいのは、日本人なので歌える様になりたい旨です。本当の日本民族なら最後に態々あんな事を云いません。云い訳がましく強調している点がかなり怪しいのです。

第一、オリンピックや何某等の世界大会、何某等の全国大会、スポーツを中心にした大掛かりなお祭り等から、TV等を通じて、厭でも耳に君が代が入ってくる筈です。なのに歌詞が頭に入っていないのは、一体全体どう云う事なのでしょうか。何となく、公僕目当ての帰化人、又はその子孫の感じがします。何処ぞの在何とか出身者とは云いませんが、かなり近いものを感じます。

もう一つ有ります。件の府知事が何か勘違いしている節が感じられる事です。其処の新規府職員は地方公僕です。国家公僕ではないのです。国家の下で仕事をするのだから云々はかなり錯誤しています。正しくは大阪府の下です。あんな単純な錯誤をする様では、冷静沈着が一番大事の弁護士と云う仕事をやってきた人物とは思えません。一寸立ち止まって一寸考えるだけでも、正しい御言葉が出て来るであろうに残念な事です。


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今まで勝手気儘に生きてきた。
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