まあ・・・ええんじゃない?

勝手気儘にだらけたお話しませう。








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はなしがずれていく・・・。

精神障害者の病院閉じ込めは人権侵害
11月21日22時47分配信 医療介護CBニュース

 精神病院での長期的な入院を強いられてきた精神障害者。政策の遅れや社会の無理解が、長年にわたって精神障害者の社会参加を妨げ、人権侵害とも言うべき状況を許してきた。退院支援が徐々に進むなど状況は少しずつ改善しているが、依然として精神障害者への偏見は強く、地域の「受け入れ」体制の整備状況も芳しくない。地域に戻ることができず、数十年にわたって入院し続ける精神障害者が、今も数多く存在する。
 精神障害者を取り巻く状況はどう変わってきたのか。精神障害者の地域生活を支える上で何が求められるのか。わたしたちは、どのように精神障害者と向き合っていけばいいのか―。日本精神保健福祉士協会常務理事の大塚淳子さんに聞いた。(萩原宏子)

■精神障害者「閉じ込め」の現実

―精神病院に入院する精神障害者の人権問題への取り組みについて教えてください。
 1984年の宇都宮病院事件に代表されるように、精神障害者の人権侵害が非常に激しい時期があったのですが、87年に「精神衛生法」が改正され、「精神保健法」ができました。精神保健法は、精神障害者の権利擁護と社会復帰について盛り込んだもので、精神科に入院している人たちにも当然の人権があり、その尊重が必要だという考えが背景にあります。精神保健法ができる以前は、精神病患者の入院の仕組みは非自発的なもの、つまりは強制的なものでしたが、初めてここで自分の意思で入院するという制度ができました。
 
―その後、退院や状況の改善は進んだのでしょうか。
 いいえ。むしろその後、わが国の精神病床の数は増加したのです。
 といっても、これは患者が自ら入院を選択して増えたのではありません。むしろ地域で支えるさまざまな体制が整わなかったために、病院にとどまらざるを得なかったのです。

―精神病院に入院していた精神障害者は、どのような状況にあったのでしょうか。大塚さんのご経験から、お話しください。
 わたしは身体障害者の授産施設での勤務を経て、93年から精神病院でソーシャルワーカーとして働くようになりました。病院でまず感じたのは、「閉じ込められた、閉鎖的な空間だ」ということです。皆さんがおそらくイメージしている「精神病院」です。
 当時、職員の中には、精神障害者のことを何もできない人、危ない人だと考えている人もいましたし、患者を「ちゃん」付けで呼ぶ人もいました。対等な人間として接していないと感じたことが多くありましたね。
 施設も当時はあまりきれいではありませんでした。ロッカーもなく、布団の間に歩く隙間もない畳部屋だったり、患者個々人のためのベッドを仕切るカーテンがなかったり。正直なところ、「自分だったら入りたくない」「1週間たりとも入院していられないだろう」と思いました。けれども現実には、そこに40年、50年「住んでいる」人がいたのです。

―入院患者にはどのような人が多かったのですか。
 当時わたしは慢性期の病棟に勤めていたので、いわゆる「院内寛回」といわれる病状の安定した長期入院患者の人が大多数でした。あまり症状も激しくないので、「彼らはなぜここにいなければならないのだろう」と思いました。「昔、祖母がぼけていた時もこんな感じだったけれど、街で普通に暮らしていた。何が違うのだろう」「普通に考えて長く住んでいられるはずのない場所で、ずっと生活している。これは何だろう」と。
 わたしは、彼らが「人間としての生活をあきらめている」のだと思いました。精神病院にいる必要がないのに、いさせられている。その中で、人間として生きることをあきらめさせられていると。同時にそれを強いているのは、日本の社会であり、医療スタッフであり、こういう精神病院のありようを認める人みんなだろう。そう思いました。
 
―現在も同じような状況が続いているのでしょうか。
 この10年間ほどで改善した点もあります。実は、障害者自立支援法ができる前から、徐々に精神障害者の退院が進められるようになっているのです。精神保健法や95年の精神保健福祉法などによって、精神障害者のための社会福祉施設が徐々にできたこと、精神保健福祉手帳制度が整備されたことなども挙げられます。また、精神保健福祉士という国家資格ができ、退院などへの積極的なサポートが行われるようになったことも挙げられます。
 けれども、やはり精神障害者支援の遅れは否めません。実は、欧米では精神疾患で入院する患者は10日か20日そこらで退院するのが普通なのです。現在日本には精神病床が35万床ほどあり、およそ32万、33万床くらいが常に稼働していますが、これは諸外国ではあり得ません。日本の精神医療や精神障害福祉施策は、やはりあるべき姿から逆行してきたと言わざるを得ません。
 現在でも、「精神障害者の地域移行支援を進めなければならない」という大目標自体には皆さん賛成するのですが、NIMBY(not in my back yard=わたしの裏庭には来ないで)という言葉があるように、いざ自分の地域で受け入れるとなると、特に市民レベルでは難色を示されるのが実情です。

■病院閉じ込めは社会的な「拉致」

―精神障害者が地域に戻れるようになるには、何が必要でしょうか。
 地域の福祉資源を整えていくことが必要だと思います。グループホームやケアホームをはじめ、生活や就労、憩いの場などの受け入れ基盤の整備ですね。
 ただ、こうした受け入れ基盤整備の前提として、国や都道府県がきちんと財源を確保することが重要になってきます。しかし、財源を確保するための前提として、その必要性に対する国民の意識が重要です。精神障害者が病院から出て社会で生活できるように福祉資源や環境などを整備することは、「お金がないから、やらなくていい、やれなくても仕方ない」で済まされる問題ではありません。これは人権の問題ですから。入院して、良くなったら退院するのは当たり前の権利です。退院の可否を外から決められるのはおかしいと思いませんか。精神障害者を病院に閉じ込めておくのは、社会的な「拉致」以外の何物でもないと思います。

―「拉致」とはどういうことでしょうか。
 つまり、本人の意思にかかわらず、非日常的な空間にとどめられるということです。病院は、仕事をする、学校に行く、家庭生活を営む、などの社会生活ができない、非日常的な空間です。その非日常的な空間に入る場合には、当然、相応の理由が必要です。例えば、唐突な比較ですが、非日常的な空間の一つに刑務所があります。ですが、そこに入るのは当人が相応の罪を犯したからであり、期間も法律できちんと定められています。法的根拠もないのに、非日常的な空間に置かれ続けるのは、その人にとっては「拉致」というほかありません。
 もちろん、精神疾患となり、例えば、混乱や錯乱状態において器物を損壊するなどの行動を起こしてしまった直後に、適切な診断に基づき、原因である病状の治療目的で入院が必要なことはあります。ただその後、症状も軽くなり、外来通院で十分対応できるレベルになったのに、本人が入院している間に、近所の人が「怖いから戻って来ないで」と言い、家族が「あんな子はうちの子じゃない」「手に負えない」「引っ越してしまおう」などと言う実態がある。このようにして、受け入れられなくなるケースがたくさんあるのです。もちろん、ご家族もつらい思いをされているケースが多く、その支援も不足しているため、責められることだけではありません。
 受け入れ先、帰る先が見つからないと、「そのまま病院にいますか」ということになる。それは本人が望むことではないのですが、消極的選択の結果、そうせざるを得ない状況があります。そして、それがそのまま10年、20年と続く。長く精神病院にいる人たちは、社会で生きる権利が奪われているのです。家族が、社会が、コミュニティーが、「帰って来るな」と言う。何の法的根拠もないのに、社会が本人の権利に関する決定をしているのです。こんな現実が、日本で何万もあるのです。
 精神障害者の病院閉じ込めが人権侵害の問題だということをきちんと認識し、確実に地域生活へ戻れるようにしなければならないと思います。もっと言えば、精神障害があっても、唯一無二の人生は、その人自身が決めるのが当たり前ですから。

■精神障害者と共生を

―人権の問題ということですが、精神障害者への理解を促すには何が必要でしょうか。
 社会福祉の教育をもっと広くやっていかなければならないと思います。もちろん、社会福祉の具体的かつ専門的な知識や支援の技術などを学ぶのは、大学の社会福祉学部など、専門の教育機関でよいと思うのですが、社会福祉に関する基本的な理念や価値観、例えば、人権の尊重、高齢者の介護や児童の養育環境、ホームレスや障害者の支援などは、すべての人が理解すべきことだと思います。大学での必修化、あるいは小学校、中学校、高校で学ぶチャンスをつくっていくことが必要だと思います。それぐらい、普通のことで、特別な人が学ぶ特別なことではないはずです。皆がきちんと理解し、地域でも当たり前のように精神障害者と触れ合えるようになることが大切です。

―確かに、普段の生活の中で精神障害者を含め障害者に接する機会はあまりないように思います。
 そうですね。障害者はあっちで、そうではない人はこっち、というのではなく、自然に老若男女、いろいろな人が、地域で出会う環境があればと思います。古くは特別養護老人ホームも、もっぱら街中ではなく山の近くに建てられるということがありましたが、昔は一緒に地域で暮らしていたのです。最近では、特養もまた街中に戻って来ていますが、身近にいろいろな人が生きる環境が大切だと思います。

―「身近になる」ことで、どのような変化が生まれるでしょうか。
 精神障害者に出会う中で、「精神障害は特別なことではない。誰でもなる可能性があるのだ」ということを、頭ではなく、感覚的に理解できるようになると思います。実際、精神疾患は今や、誰もがなりうるものです。多くの場合、精神疾患は後天的なもので、ライフステージのさまざまなタイミングで発症する可能性があります。人間関係や社会の中で病んでいく、ある意味でとても人間的であり、時代や社会を反映した病気です。「誰もがなりうる」「特別なことではない」と皆が理解し、病気の治療体制や、精神障害者が生活できる基盤が整えば、わがこととして、適切に対処できるようにもなります。回復の環境も整っていきます。
 また、自然に出会うことができるようになれば、差別や偏見も減っていくのではないでしょうか。ハンセン病などはいい例だと思います。啓発活動によって少しずつ、患者の方々が街に出てこられるようになりました。そして、彼らが姿を見せることで、さらに理解が進んでいます。「差別は駄目」と叫んだところで、差別はなかなかなくならない。具体的に何が差別に当たるのか、事例や姿が見え、出会うことでしか、人も心も動きません。

 精神障害はとても普通のことであるにもかかわらず、科学的な解明が遅れ、社会の誤った理解などもあり、あるべき姿からは長らく遠く離れた状態にありました。特に日本では政策的な遅れもあり、社会からの精神障害者の排除が長い間続いてきたと思います。
 ゆがめられた現状がありますが、あるべき姿を取り戻さないといけない。それも早急に。日本で精神障害が障害として法律上認められたのは93年の「障害者基本法」で、精神障害は医療のみの対象とされてきた期間が長く、福祉資源やケアの整備は諸外国に比べ大変に遅れています。精神疾患や精神障害が、人として生きていく中でとても自然なものであることを分かってほしい。逆説的ですが、「安心して心を病める社会」になればと思います。そして、心病んでも安心して暮らせる社会づくりが必要です。

【編注】現在は「精神『科』病院」「精神『科』病床」というが、歴史的な背景などにかんがみ、文中では「精神病院」「精神病床」と記載


色々と語弊は有りますが、嗚呼云った輩が日本の精神医学界を駄目にしたのです。人権擁護を御題目に気狂いを社会に解放等と云う暴挙が、今の日本社会に及ぼす影響力を鑑みると、時期早々の感が非常に強過ぎるのです。

そもそも何にでも欧米追従と云う姿勢が可笑しいのです。高度成長期時代の日本の様に、何にでもアメ公の真似事をやっていたと同じ様な事です。何にでも人権擁護を御題目の様に喚き散らしている輩も然りです。単に格好が良いから、自己満足で周りに公害を撒き散らす制度に走るのです。

そこには理念も糞も有りません。或る種の既存社会構築破壊を目的の為になら悪魔にでも魂を売っているのです。あの方や平蔵の様な新自由主義に被れた輩なら云わずもがなです。いや、新たな利権源を生み出して、自分もそこに集りたいが故に、嗚呼云った社会性を無視した暴挙に出るのです。

或る意味、気狂い天国が嗚呼云った歪な思想の輩の為に生み出されたのです。社会が危機に及ぼうと関係が有りません。黙っていてもガッポガッポと懐にお金が舞い込むシステムが構築されているのです。気狂いが大いに狂って社会に害を及ぼす程に、更に儲かっていくシステムです。

具体的な事は語れません。事は相当に絡繰りが複雑なのです。いや、語りたくても、複雑過ぎるが故に単行本一つ位の文章量でも足りなくなってしまうのが本音です。どっちにしろ何にでも物事の絡繰りには裏が必ず有ります。見えない部分でガッポガッポと儲けている輩が必ず存在します。譬え、お偉い奴の思い付きで有ってもです。


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