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「一見軽症、実は重症」見極めノウハウをブログで発信
1月16日16時42分配信 医療介護CBニュース

【第45回】泊慶明さん(市立池田病院急病・救急総合診療科医長)
 
 「救急初期診療の現場では、一見、軽症かと思われる患者さんが、実は重症だったというケースにしばしば遭遇する。短時間の診療で、適切に『重症』患者を見抜くことが求められる」―。このように指摘し、重症患者を見極めるノウハウを記した医師のブログが昨年、注目を集めた。ブログの名称は「日々是よろずER診療」。救急初期診療の現場の事例を紹介したもので、昨年6月には同名の書籍も出版されている。
 ブログを書いたのは、大阪府内の公立病院で救急初期診療を行う泊慶明医師。臨床研修時にER型救急診療システムを採用する病院で救急初期診療の基礎を学んだという泊さんは、「救急初期診療のスキルは、『ER型救急』の診療システムの中で最も効率的に磨くことができる」と話す。一方で、「救急初期診療における『診断』とは、短時間での評価における暫定的な判断(仮診断)にすぎず、しかも確率的なもの。百パーセント正確な診断は不可能だと考えてほしい」など、救急医療の現場に存在する「限界」も指摘している。
 泊さんに、救急初期診療の在り方や、ブログに込めた思いなどを聞いた。(萩原宏子)

―救急初期診療などの現場で重症患者を見抜く力は、「ER型救急」の診療システムの中で身に付けられる、と指摘していますね。ER型救急の診療システムについて教えてください。
 まず救急のシステムについてですが、基本的にはER型救急と、重症度によって患者を一次、二次、そして三次の救命救急センターに分ける、日本型の救急体制に分けられます。
 救命救急センターは、主に重症患者を受け入れ、その初期診療から緊急手術、集中治療までの一連の流れを、すべて基本的に自分たちで行う、いわゆる「自己完結型」の体制を取っていますが、ER型救急はそうではありません。救急搬送される患者さんであれ、歩いて来院する患者さんであれ、患者さんの疾患の専門性や重症度にかかわらず、まず「ER」という場で診療を始めます。そしてERに従事する医師が、診察や検査などを通じて患者の状態を見極め、帰宅可能な患者、緊急入院や緊急手術の必要な患者などを判断します。これは同時に、ERに訪れた患者さんを、どの専門科にどのタイミングで引き継いでいくのか判断することでもあります。
 病名も重症かどうかも分からない段階で診察や検査を積み重ね、できる限り確定的な診断に迫っていくことが求められ、しかも一見して軽症と思われる患者集団の中から、わずかながらも確実に潜む重症患者を見極めなければなりません。そういう点でERは、重症患者を見極めるスキルを磨くには非常にいい環境だと言えます。なお、ER型救急は各専門科への引き継ぎを前提とした診療システムですから、数多くの専門科のバックアップ体制が整っていることが重要です。ERという“箱”だけでは成立しないシステムだということを付け加えておきたいと思います。
 ちなみに、北米では、すべての救急患者の外来初療のみを専門的に行う医師はER physicianと呼ばれ、2万人くらいはいるといわれていますが、日本では、ER診療のみを専門とする医師は、まだまだ少ないのが実情です。
 わたし自身は今「救急」に所属していますが、本来は内科医です。ER型救急の経験はそれなりに長いということはありますが、救命救急センターでの救急診療は経験していません。わたしのブログ上でのハンドルネームは「なんちゃって救急医」なのですが、この「なんちゃって」という言葉の裏には、「自分は今『救急』に所属はしているが、日本の多くの人が『救急』と聞いて思い浮かべる日本型の三次救急のイメージ、『救命病棟24時』の江口洋介さんや『コード・ブルー』の山下智久さんのイメージとは違う『救急』だ」という思いがあります。

―こうした「ER型救急」の診療システムが、重症患者の見極めに役立つとのことですが、「軽症に見えるが、実は重症」という患者は、救急医療の現場で増えているのでしょうか。
 はい。そもそも日本では、交通事故による多発外傷など、誰が見ても明らかに「重症」だと分かる患者さんの治療をする、というところから救急医療を発展させてきたという歴史があります。昭和40年代初頭のことです。ところが平成になってから、外傷以上に心筋梗塞などをはじめとする内科的な救急疾患が増え、救急医療の対象となる患者さんの疾病構造の変化が指摘されるようになりました。「胸が痛い」と訴えて来院したものの、10分後には治まり、一見するとあまり重症には思えなかった患者さんが、結果的には心筋梗塞だった、というようなケースですね。診断はあくまで確率的なもので、常に「絶対」はないのですが、やはりこうした重症患者の見極めがより重要になっているがために、最近ER型救急が注目されているという側面はあると思います。

―そんな中、泊さんがブログで救急初期診療の経験を伝えていこうと思ったきっかけは。
 研修医など、特に若い医師たちに、重症患者を見抜くノウハウを伝えたいと思いました。
 わたし自身は、ER型救急に先進的に取り組んでいる病院で臨床研修を受け、その際、1年のうちに1000人近くの救急患者の診療を経験しました。スタッフからもいろいろ、教育を受けることができました。ただ当時の日本では、ER型救急の診療システムを採用している病院は数えるほどしかありませんでした。医学部の教育でも、各専門科の枠を超えて患者を広く診ることについて学ぶような「救急医療の教育」はありませんでしたから、自分の専門から一歩外れたところでの救急診療は、医師個人の経験の偶然さに完全に委ねられていたと言えると思います。
 わたしの場合、その救急病院での研修が終わってからは大学の医局に戻り、いろいろな病院で時間外診療のアルバイトに出るようになったのですが、そこで目にする医療というのが、あまりに自分がその救急病院で学んできたものと違って驚きました。「風邪で来た」という患者さんに十分な診療をしないまま、「風邪」と診断してカルテにわずか3行ほど書き込んだだけで帰宅させた患者さんが、後で重症になって戻って来る。患者さんが「胸が痛い」と訴えているのに、検査が不十分なまま帰していることもありました。
 今思えば、わたし自身、「後医は名医」の錯覚に陥っていただけかもしれません。しかし当時のわたしは、「やはり問題ではないか」と思ったので、広く患者を診断して適切な診療科にコンサルトする救急初期医療の必要性を、周りの関係者にいろいろ提言してきました。ところが、それに対する反応は「救急のトレーニングなら、救命救急センターに行けばいいじゃないか」という具合で、わたしの主張はなかなか分かってもらえませんでした。その一方で、「わたしの周りの関係者は、『特定の専門の診療科に限らず、広く患者を診る』という教育を全く受けてこなかった医師たちばかりなのだから、理解を得にくいのは自然なことかもしれない」とも感じていました。
 ただ、「せめて自分がこれから出会う若い医師たちには、自分の知っていることを伝えていこう」と思いました。今のわたしの職場は「ER型救急」の診療システムではありませんが、それでも研修医の先生たちが、救急診療の研修のためにローテートしてきます。これまでわたしは、実際の現場を通して、わたしの思いとノウハウを彼らに伝えてきたつもりです。その経験の蓄積を、今度はブログというツールを利用して、広くネット空間に公表してみようと思いました。少しでも多くの人にわたしの経験が伝わることで、日本の救急初期診療が少しでも良くなれば、との思いがあったのです。

―最後に、救急初期診療にかかわっての思いをお聞かせください。
 正直なところ、日々、世間が要求する医療の水準に脅威を感じながら医師という仕事を続けています。医師は、しばしば患者さんの死に直面します。どれだけ医療が発展しても、「絶対」はありません。診療の精度を上げる努力は必要ですが、診療には不確実性が付きまといます。本来、医師は患者さんが生きるためのお手伝いをする仕事です。しかし医師たちが一生懸命努力し、医療行為になんら過失がなかったとしても、病状の勢いが強いときは、患者さんは死の転帰をとります。
 けれども、ブログでも何度も指摘しているのですが、今はメディアの報道が「百パーセントの医療」を求める風潮をあおっている状況にあるのではないでしょうか。手術に手を尽くしたにもかかわらず、患者さんが亡くなってしまい、それが「医師の過失だ」として訴訟に発展する事態が頻繁に起きていますが、こうした事例のメディアの報道姿勢は、わたしには異常としか思えません。医師が「隠れた重症疾患」を見つけられなかったことを「誤診」と書き、「医師が悪かった」という印象を読者に与えることもよくあります。このような報道は、「死」という結果を医師の「ミス」によるものとして印象付け、社会の医師不信を増幅していると思います。訴訟リスクや医師のモチベーション低下、勤務医の過労などの問題につながり、医師の現場離れを加速させていると、わたしは考えています。
 救急診療の現場で、重症患者の見極めは今後ますます求められるでしょうし、医師が自分の専門科目だけでなく広く患者を診ることができるよう教育体制を整えていくことは、より良質な医療を社会に提供する上で必要なことです。その一方で、国民一人ひとりが「医療の限界」をきちんと認め、自分自身や家族の生と死に向き合うこと、メディアがきちんと「医療の限界」を伝えることが大切なのではないか。そして「医療の限界」に対する意識が広く世間に浸透することが、医師の現場離れを食い止めることにもつながるのではないか―。そう考えています。

【略歴】
1964年 福岡県で生まれる
1989年 九大農学部修士課程(栄養化学専攻)を修了し、武田薬品工業に入社
1992年 武田薬品工業を退職し、阪大医学部に学士入学
1996年 阪大医学部卒
1996-97年 阪大附属病院第二内科で初期研修
1997-98年 福岡徳洲会病院で初期研修
1998-99年 市立豊中病院で後期研修(循環器内科)
1999-2001年 阪大分子制御内科(研究生)
2001-04年 福岡徳洲会救急総合診療部スタッフ
2004-05年 八尾徳洲会総合病院内科医員(循環器内科)
2005年- 市立池田病院急病・救急総合診療科

まあ、総合診療を指しています。ER型緊急診療システムが手っ取り早い勉強になると云う事です。大昔の日本は総合科・総合診療科なる物が町医者レベルで大袈裟に看板を上げていました。極々一部に本物の万能医師が居ただけに、看板に偽り無しも否定出来ませんでした。

或る時期から悉く消え去った訳ですが、当時の医学教育システムが激変した故です。学閥による囲い込みが明白になったと云う馬鹿馬鹿しい事が起きてしまいました。師弟制度の強固が社会主義的システムを構築させてしまったのです。

細分化且つ専門化が厳密にされたのは、囲い込みを強化する為です。巷では高度医療を目指す為のシステム等とほざいていましたが、実体は先程の通りです。あの方が悪しきシステムに医療改革と云う名の下に、解体に着手するまで長く長く続いていました。

あの方の新自由主義に基づいた医療改革の結果、解放された弟子達が各々の気分に任せて好きな処に医師修行に向かいます。学閥囲い込みの破綻です。自分等の弟子が急激に減ってしまったので、御命令で医療僻地に居る忠実な僕達を自分の処に戻して、取り敢えずの体面を図ろうとします。

これが各地で起きている医師総引き上げです。この事は前々に語りました。具体的な部分を省いた為に理解仕難かったかも知れません。途中、引用記事内容とシンクロしていませんが、良識有る輩で、総合医なる物を立ち上げたのは、嗚呼云った巫山戯た背景に、怒りを露わにしたルネサンス的システム構築を目指したからです。


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