まあ・・・ええんじゃない?

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わらわらわくね・・・。

小泉改革批判への大反論/猪瀬直樹(作家)
2009年3月16日 VOICE

肥大化した官業こそ問題の核心

 小泉内閣の構造改革を批判する声が、ここへ来て喧しい。ついせんだっては麻生総理が「自分は郵政民営化には賛成でなかった」などと発言し、その後に撤回。いらざる波紋を投げ掛けた。また、日本郵政が現在保有する「かんぽの宿」70施設をオリックス不動産へ一括売却する話も、鳩山邦夫総務大臣が猛反対するなどの事態となり、結局こちらは白紙撤回ということになった。
 
 政治の世界でこういうドタバタ劇が繰り広げられているときには、裏で激しい情報戦が起きていると考えればいい。まず、霞が関の官僚たちは大臣たちの耳へ自分たちに都合がいい情報をささやきかける。また、メディアへのさまざまな情報リークすら行なわれる。道路公団民営化に対しても、メディアはさまざまな批判を展開したけれど、それは結局、ほとんどが改革に抵抗する勢力のリーク情報に踊らされてのものだった。
 
 道路公団民営化や郵政民営化が実現したのは、そういう情報戦に勝ったからだった。勝負は「情報の透明化」だ。道路公団は高速道路の収支率1つをとっても、情報をすべてクローズにしていた。それを明らかにすれば、切除すべきガン細胞が露出し、おのずから勝負はついた。正義は「透明化」の側にあると考えればいい。
 
 では、今回の騒動はどうか。残念ながら激しい情報戦の真っ最中だから、なぜオリックス不動産が落札したのかも含め、本稿執筆段階では、まだ詳しいことはわからないが、日本郵政がすべての情報を公開していれば、このようなことにはならなかったはずだ。
 
 だが、私はかつて『決戦・郵政民営化』(2005年、PHP研究所)を発刊したときに、郵政公社(当時)に情報開示を迫り、「かんぽの宿」各施設の減価償却費を含めた損益一覧表を入手、書籍中で公表したことがある。
 
 当時、郵政公社は、「かんぽの宿」をはじめとした簡易保険加入者のための福祉施設を全国に105カ所もっていたが、このうち61カ所が運営収支率の段階で赤字だった。そしてなんと、設備投資分の減価償却費を含めれば、「すべての施設」が赤字だったのである。
 
 これらの施設は天下り先を増やすために採算性を度外視して次々とつくられ、投資総額は、2000億円に上る。さらに通称メルパルクと呼ばれる郵便貯金会館も23カ所あり、これらの総額も2000億円になる。郵便貯金会館も、減価償却費を含めた損益は、やはりすべて赤字だ。
 
 もっているだけで赤字がかさむのだから、それを売るのは当然の経営判断だろう。そう考えると、「かんぽの宿」の一括譲渡は、はたして問題にするような話だったのか。
 
 そもそも不動産価格の値付けは、かつては固定資産税額から演繹した価格設定を行なっていたが、1990年代のバブル崩壊以降は、皆収益還元の利回りで値付けするようになっている。
 
 たとえば、都心に築30年で建設費10億円のマンションがあり、郊外に築3年で建設費30億円のマンションがあったとする。では、郊外のマンションははたして30億円で売れるか。もし入居するお客が少なければ、誰も買うまい。逆に都心のマンションが人気のエリアであれば、10億円より高い価格が付く。
 
 キャッシュフローがなければ価格が付かないのは、郵政の赤字施設だって同じだ。ただ、効率的で魅力的な経営をすることによってお金が回るように変えられれば、そこで初めて価値が生まれるのである。
 
 この「いろはの『い』」さえ知っていれば、「建設に1000億円掛かったものを100億円で売るのはおかしい」などといきり立つのは愚の骨頂ということがわかるはずだ。
 
 とはいえ、赤字だからと投げ売りすればいいと考えると問題も起きる。旧郵政公社が2007年に1万円で売却した鳥取県岩美町の「かんぽの宿」が、同年9月に6000万円で転売されるというようなことも、現実として起きている。
 
 これも透明性の問題だ。公開で競争入札していれば、避けられたはずだからである。
 
 ただ、このような正しい手順でやりさえすればよかったことにいつまでも目くじらを立てていると、より本質的な問題が見えなくなる。いま売却している人間が悪いのか、それとも何千億円も掛けて、赤字を垂れ流すだけの施設をここまでたくさん作り続けた人間が悪いのか、ということだ。
 
 そもそも、なぜこれだけ多数の施設がつくられたのか。
 
 1つ象徴的なのは、各施設の支配人などにノンキャリアが天下っていたという事実である。キャリア官僚はもっと「おいしい」天下りをするが、いずれにせよ旧郵政省職員の天下りのために簡易保険の保険料や郵便貯金で施設がどんどんつくられ、その結果が「かんぽの宿」などの2000億円と、メルパルクの2000億円なのだ。
 
 官が蓄積してきた無駄やずさんさはそればかりではない。これも前掲書で書いたが、2001年3月末現在における郵政事業特別会計の財産目録によると、職員への宿舎(社宅)用の土地は125万平方メートルあり、現在価格が3500億円、建物が1120億円の合計4620億円であった。2005年当時でも4万5000戸の郵政宿舎があり、旧道路公団の社宅7300戸で1018億円よりも、はるかに多かった。
 
 しかも郵政宿舎には、当局と労働組合が折半して出資した財団法人郵政互助会も関わっていた。6300戸ある宿舎を、郵政省に貸し付ける。郵政当局は互助会から宿舎を借り、互助会の経営をバックアップするという、おかしな仕組みができていたのだ(2004年9月に解消)。
 
 一方で仕事の無駄も多く、地方の郵便局には実働時間が2時間程度しかないところもあった。80パーセント近くが待機時間で、それでも局員には、拘束時間に対して給料が支払われていた。
 
 郵便貯金の口座が5億6000万という異常事態もあった。日本人全員が5口座ずつもっている換算だ。民間の金融機関なら当たり前に行なっている「名寄せ」も行なわれておらず、個人がどれだけ預けているかを把握できていなかった。
 
 1000万円以上の預金は、ペイオフの対象になるが、郵便貯金にいくつもの口座をつくって預金を分散させそれを避けた人も、かなりの数いたと考えられる。これは郵便貯金が社会保険庁の年金同様、でたらめな管理をされていたことを物語っている。
 
 このような問題に決着をつけるため、まず民営化をし、あるいはほかの新しい方法を考えて、いままでの官業のずさんさを改革するというのが、小泉内閣の問題提起なのだ。
 
 あのとき、「大きな政府か小さな政府か」というキャッチフレーズが叫ばれたが、ここでいう「大きな政府」とは、「肥大化した官業をつくりあげた政府」という意味だった。
 
 自分たちの天下りのために、無駄な施設や財団を作り続けるような愚かしさを打破し、220兆円の郵便貯金と120兆円の簡保の資金が道路公団や住宅公団、特殊法人などに流れ込んで無駄に費消される仕組みを切って、できるだけ民間に資金が回るようにする。それが発想の根本だったのだ。これのどこがおかしいというのだろう。


喰いものにされた雇用保険

 「大きな政府」と「小さな政府」というとき、セーフティネットを削るのが「小さな政府」で、充実しているのが「大きな政府」だという議論がなされることがある。だが、これも短絡的なメディアの大きな間違いだ。
 
 忘れられがちだが、小泉改革当時には、「競争のためにセーフティネットの整備が必要」と主張されていたのである。むしろ、セーフティネットすらを喰いものにしてきたのが、霞が関ではなかったか。
 
 いま、セーフティネットとしてとくに重要な役割を果たすべき存在が、雇用開発や職業能力開発を主たる業務とする「雇用・能力開発機構(旧雇用促進事業団)」だ。だが、ここは財源である雇用保険を好き放題に喰いつぶしてきた。
 
 「中野サンプラザ」をはじめとするサンプラザ・サンパレスが全国に7施設。国民宿舎型のリフレッシュセンターが64施設。勤労者福祉センターが1900。580億円の建設費でつくられ、毎年10億円以上の赤字を垂れ流しつづけている「私のしごと館」。総工費425億円でつくられ8億円で小田原市に売却された「スパウザ小田原」……。
 
 いずれもセーフティネットとは無縁のこれらの施設がつくられた裏の理由は、先に見た「かんぽの宿」と同じである。たとえば、スパウザ小田原の建設を主導した元労働事務次官・清水傳雄氏は、事務次官を退職後、雇用促進事業団やスパウザ小田原運営のために新設された財団へと次々と天下り、その都度の退職金などでおそらく2億5000万円以上の大金を手にした勘定だ。だが、これはあくまでごくごく一例にすぎない。
 
 雇用・能力開発機構では全国各地に30近い職業訓練大学校などもつくってきた。しかしその講義内容は、ほとんど文部科学省認可の大学の工学部と一緒。なぜつくる必要があったのだろう。
 
 雇用促進住宅も問題だ。失業者のための住宅として建設されてきたものだが、その数は15万戸弱に上る。住宅供給を専門としていた旧都市基盤整備公団(現・都市再生機構)の賃貸住宅が75万戸だったことを考えれば、いかに多いかがわかる。
 
 雇用促進住宅はもともと、炭鉱の閉鎖で田舎から出てきた人たちのために建てられたものだ。だが知らぬ間にさまざまな名目が付加されて、どんどん肥大化していった。もちろん、雇用促進住宅を管理している雇用振興協会の中井敏夫理事長は旧労働省の元職業能力開発局長、常勤役員4人のうち3人が旧労働省からの天下りだ。
 
 雇用促進住宅に入るには、家賃の3倍の収入があることが条件とされる(2006年までは4倍)。東京湾に面した「サンコーポラス潮見」は家賃8万5000円だ。そこに入るには、25万円以上の収入がなければならない。失業者のどこに、そんな収入があるのか。
 
 しかも、雇用促進住宅への入居は広く公募されず、職業安定所所長のはんこが要るということを逆用して、国家公務員や国会議員の秘書といった人たちがコネで入っていたことが次々露見する始末。そんなところに雇用保険の一部が回っているわけで、これも早く売ったほうがいい。
 
 ヨーロッパの多くの国々は、セーフティネットをうまく構築している。日本では失業しても、それまでの雇用期間が1年未満(自己都合で離職した場合。会社の都合により離職した場合は半年)の人は原則として失業保険をもらえないが、ヨーロッパでは失業したら誰でもすぐにもらえる。
 
 ヨーロッパでは失業保険と失業扶助の2種類あり、失業扶助が半ば生活保護のようにベースの役割を果たしていて、金額は少ないがとりあえずは何とか生き延びられるようになっているのだ。セーフティネットの網の目から落ちる人がいないようにしている。
 
 そのうえで、ちゃんと働いていた人は、これに加えて失業保険をもらえる。日本がそうでないのは、終身雇用を前提とした役所の設計ミスである。それでいて、自分たちの天下り先だけは確保しているのである。
 
 さらに日本の場合は、あまりに縦割り行政であるために十分な連携が取れない。たとえば「年越し派遣村」のような出来事が起きたときに、本来ならば、すぐに生活保護を出して生活を支え、そのうえで早急に就労につなげていくべきだが、そのサイクルが日本ではうまく機能しない。
 
 生活保護の窓口は地方自治体だったが、いままで生活保護を出すのを渋る傾向があった。なぜなら、職業訓練は雇用・能力開発機構、ハローワークの管轄は国と別々になっているために、生活保護から就労支援へという流れが十全につくれず、生活保護を出すと生活保護漬けになってしまうケースが多発してきたからである。
 
 やはり、生活保護から職業訓練、就労支援とを一貫させなければならない。職業訓練もハローワークも地方が受け持てば、生活保護をすぐに出す一方で、すぐに抜けられるよう就労につなげていく流れもつくりやすい。
 
 たとえば東京都では介護ヘルパーの職業訓練に月3万6000円の授業料を渡し、一方で雇ってくれた企業に60万円の奨励金を払っている。このようにすれば生活保護と就労に、おのずと一貫性が生まれる。
 
 その意味で構造改革は、地方分権にも連動してくる。大きな政府でなく、都道府県の監視の下に置くことで、国と地方の二重行政的な部分をなくす。これで無駄がなくなると同時に、透明性も生まれるのだ。
 
 安倍内閣のときにスタートした地方分権改革推進委員会の目的も、まさにこのような改革を進めることにある。


腹を抱えて笑っているのは誰か

 こうした視点を無視して、ひたすら企業を攻撃しているのが、いまの日本のメディアだ。首切りがいけないというが、雇用調整しなければ、企業そのものが潰れてしまうこともあろう。そうなれば雇用はゼロになり、ますます大変なことになる。
 
 あくまでセーフティネットは、公の役割だ。そして企業は現在でもそのセーフティネットを維持するために、1000分の9の料率で雇用保険料を負担している。従業員の負担は1000分の6だから、企業負担のほうが多い。
 
 しかも、実際に失業などへの給付に使われる1兆5000億円ほどは労使折半だが、これまで雇用・能力開発機構が手掛けてきたような事業の予算3000億円余は事業主のみの1000分の3負担で支えてきたのである(金額は平成20年度予算)。
 
 それを喰いものにしてきたのが官僚であるにもかかわらず、そこを無視して民間企業を攻撃するのは、あまりにおかしい。セーフティネットの不備を攻撃するなら、その矛先はコストを負担してきた企業ではなく、喰いものにしてきた厚労省と雇用・能力開発機構に向かうべきだろう。
 
 「企業=悪」論が出てくるのは、危険な兆候でもある。昭和10年代、2.26事件が起きたころの日本がそうだった。このときは地主と資本家が、攻撃の対象だった。当時は政友会と民政党の二大政党で、いまの自民党と民主党のようにお互い理念の旗がはっきりせず、スキャンダル合戦による足の引っ張り合いに終始していた。その狭間で軍部が台頭し、統制経済を基本とする社会主義的な世界をつくりあげていくのだ。
 
 かつての軍部が、いまの霞が関と二重写しになる。二大政党の足の引っ張り合いを利用して、統制経済への道を敷いている。本来なら、いまこそ改革を推し進めて、既得権益と規制を排除し、日本こそが「グリーン・ニューディール」のようなもっと未来に夢がもてる新産業政策や雇用政策に取り組むべきなのに、自民党も民主党も、たかが給付金でずっともめている。民主党にしても立てている旗が見えず、構造改革のすべてを悪であるかのように言い募る。これでは日本は沈没するしかない。
 
 大切なことは、国民の利益のために何が正しいかである。改革をやめていちばん得をするのは、官僚機構なのだ。
 
冒頭で「情報戦」の話を書いた。「改革批判」が、そんな情報戦に踊らされてのものだったとしたら、それはあまりに愚かしい。メディアや世論がくだらぬ批判に右往左往するのを陰から見て腹を抱えて笑っているのは誰か。少しばかりの想像力を働かせるべきだろう。

いや、腹を抱えて笑うべき対象は東京都副知事御本人です。同じ様に石原慎太郎東京都知事閣下も対象です。誠に新自由主義の支離滅裂な論理展開は素晴らし過ぎます。庶民を何時までペテンに掛ければ気が済むのでしょうか。

天下り云々で悪辣な公僕共を責め立てています。確かにその通りなのですが、こんな馬鹿げたシステムを構築させたのは政治屋であり、それを黙認し続けた我々でもあるのです。黙認とは穏やかではありませんが、それも他任せに終始仕過ぎた結果です。責め立てるのは公僕共ではなく、結論として我々なのです。

だから可笑しな論調に至るのです。だからと云って、明白に我々を責め立てるような事をすれば、自らの命が危ないです。共通の敵として、公僕共を槍玉に挙げただけです。然し乍ら深読みすると、先程の終着に至ります。全体として引用記事の件は我々を大いに非難しているのです。

単に頭でっかちのお馬鹿さんに過ぎません。只、非難を口にしていないと生きていられない生き物なのです。此奴は経済云々は理解出来ません。非難する脳味噌はあっても、金銭勘定する脳味噌は全く無いのです。改革と云う御題目に踊らされた或る種の被害者とも云えます。

結果として、我々に加害的な事を仕出来している訳ですから、擁護に値する必要性は全く有りません。寧ろ、あの方や平蔵等の新自由主義気触れ共と同様に唾棄すべき存在として嘲笑うに値します。嗚呼云った連中によるプロバガンダ戦略に、或る種の断末魔の叫びが聞こえてくるのは気の所為なのでしょうか。


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