FC2ブログ

まあ・・・ええんじゃない?

勝手気儘にだらけたお話しませう。








  • 2018/08 «
  • 10 
  • 11 
  • 12 
  • 13 
  • 14 
  • 15 
  • 16 
  • 17 
  • 18 
  • 19 
  • 20 
  • 21 
  • 22 
  • 23 
  • 24 
  • 25 
  • 26 
  • 27 
  • 28 
  • 29 
  • 30 
  • » 2018/10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


いきがっているせだいにはつらい・・・。

玄関先で立ち話、家には一切入らず…家庭訪問に“異変”
2010/5/17 16:56 夕刊フジ

 大型連休も明け、全国の小学校は家庭訪問のシーズンを迎えている。ところが最近は、学校側から「玄関先でお願いします」と事前に念押しされ、家に先生を一切上げない“訪問”が慣例化しているという。家庭内での児童虐待事件が続発するなか、本当に立ち話だけでいいのだろうか。

 「新学期になって配られた学級通信を見てびっくり。『家庭訪問は玄関先のみとさせて頂きます』とあった。これが『家庭訪問』と言えるのか?」と話すのは、小学1年生の長男を持つ都内の会社員男性(33)。

 一昔前の「家庭訪問」といえば、親は手を付けないとは分かってはいても、普段は食べないようなお菓子を用意。時々、子供部屋をのぞく先生もいたりして、チビっ子にとってもドキドキする一大イベントだった。

 そもそも「玄関先の立ち話」は、世の奥様方の専売特許だったはず。そこで、他の地域も調べると、東京都八王子市や埼玉県さいたま市の小学校でも「『玄関先で』と事前連絡があった」(保護者)という。都市部を中心に、玄関先の家庭訪問は広がりをみせているようだ。

 前出の会社員男性は先月下旬、実際に家庭訪問を受けた。

 「うちはマンションなので玄関にも入らず、通路で立ち話となりました。寒い雨の日で、『お上がりください』と呼びかけると、先生は『ここで大丈夫です。上がらせてもらっても時間がわずかですので…』と丁重に断られた。先生はウチの子と別の子の名前を取り違えるなどバタバタした感じで、4分ほどで終わりました」。とても腰を据えて話すことはできなかったという。

 文部科学省は家庭訪問について「法的な定めはなく、指針も出していない」。東京都教育庁も「最終的には学校長の判断。必ず行う必要はなく、教諭の『地域訪問』を行う学校もある」(義務教育特別支援教育指導課)という。

 「地域訪問」とは、先生が児童の家を目視で確認するだけという味気ないもの。23区内のある学校長は「『玄関先』や『地域訪問』が定着したのはここ10年。実は保護者の希望からなんです」と打ち明ける。

 「『家の中を見られたくない』とか『共働きで忙しく、応じられない』という意見が多かった。家の中を見せていただくことは、学級運営や児童への指導にも役立つのだが…。一方で、教諭の仕事量は年々増えているため、家庭訪問を夏休みに行う学校もあるのです」

 教育評論家の尾木直樹氏は「このご時世、玄関先に来るだけでも立派」と皮肉まじりに前置きしたうえで、次のように警鐘を鳴らす。

 「一部の地域は学区に関係なく、自由に小学校を選択できる制度に移行しました。そうなると訪問先が車で20−30分もかかる場所にあったりして予定を組むことができない。そこまで自由を推し進めるのはバカげている。良くも悪くも児童の家庭環境を教諭が知るのは大きなメリットです」

何時の間にか家庭訪問の本来有るべき姿が消えてしまったのですね。特に都市部は顕著な傾向です。地方の鄙びた処も、昔の儘が多いですが、徐々に滲透している様です。週五日制で更に止めを刺された模様です。時間的余裕無き、日々激務の影響も多大です。

大昔と違ってお子ちゃまの数が格段に少ないのに、余裕が無いとは矛盾しています。大昔は四十人超えが当たり前で、中には五十人超えも有ったのです。然ういった大多数を抱えて、わずか一人の先生が各家庭の訪問をそつなくこなしていたのです。ええ、一家庭に十分から数十分掛けてです。じっくり膝を交えてです。

今程に余り忙しくなかった時代だったのかも知れません。然し乍ら、今と変わらぬ忙しさで有った事には変わらないのです。大昔と雖も雑用の類は大変だったのです。只、冗長の程の質が大きく違うだけです。今現代のは冗長の度合いが過ぎて無意味なものが多過ぎるのです。結果、昔よりは無機質な作業に追い込まれているに過ぎないのです。

程々が許されていた時代も有ります。適当であっても許されていたのです。反対に今現代のは冗長な部分でさえ適当が許されません。程々が紛れ込むと全体がエラーを起こすからです。如何にコンピュータなる物の存在が効率性硬直を引き起こしてるか良く分かります。広く社会全体に照らし合わしても然りです。

無意味な部分、冗長性の排除が今現代に課せられた責務です。尤もコンピュータなる物を排除すればいいだけであり、紙媒体にルネサンスするに限ります。根本システムにコンピュータは要らないのです。全て端末の類で済ませばいいのです。システム構築する程に非効率化が蔓延り、余計な出費と煩雑な雑用、終いには雇用抑制、一寸した事で瓦解してしまう程に、お寒い社会に至ってしまうのです。要らぬ文明の利器は、程々に使うのが賢明な文明人の在り方です。


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://eenjanai.blog41.fc2.com/tb.php/1553-f340a5a4

 | HOME | 

広 告



PCのウイルス対策ならエフセキュアインターネットセキュリティ


最近の記事



広 告




ブログ内検索

Google


最近のコメント



最近のトラックバック


月別アーカイブ



RSSフィード


リンク

このブログをリンクに追加する


プロフィール

酔仙

Author:酔仙
昭和時代に生まれる。
今まで勝手気儘に生きてきた。
これからも勝手気儘で生きるであろう・・・。


サイト売買のサイトストック


あわせて読みたい


blogram投票ボタン


メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


カウンター



現在の閲覧者数:


フィードメーター - まあ・・・ええんじゃない?




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。