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みずからまなぶことをしらないから・・・。

親も成長する時代/大江 弘(PHP総合研究所教育研究部長)
2008年8月20日 VOICE


なぜ「親学」なのか

 昨年4月、教育再生会議は親学に関する緊急提言を発表するとの方針を打ち出した。「母乳で育児」「早寝早起き朝ごはんの励行」などの提言は、新聞紙上で大きく取り上げられ、世論は親学という耳慣れない言葉に戸惑いつつ、“家庭内にまで指針を出すのか”という反対派と“やはり親教育が必要”とする賛成派に分かれた。当時の『毎日新聞』の調査では、政府が親向けに親学・子育ての指針を出すことに、賛成47%、反対44%と拮抗している。
 
 しかしこの親学(広義には、親として身に付けておきたい知識や技術、心構え、あるいはその学習)を求める提案は、けっして新しいものではない。1987年の臨時教育審議会の最終答申には「親となるための学習」の言葉が見られる。それ以後、教育改革国民会議等さまざまな答申、提言のなかで親の学習の重要性がしばしば指摘されている。
 
 では、なぜ「親学」なのか。
 
 とくに近年、社会環境は著しく変化してきた。それに伴い家庭環境、教育のありようも大きく変わってきている。
 
 まず生活習慣が変わった。1960年代はほとんどの小学生が10時ごろまでに就寝していた。しかし近年では12時を過ぎる子供も少なくない。朝食を抜く子供も増えている。そうした生活習慣の変化の問題を、親は十分に認識、理解していない。
 
 またかつての子供は多様な年代の子供集団のなかで育ったため、自然に子守など子育ての擬似体験をしていた。しかし少子化の影響で、子供を抱いたことがない、接し方が分からない親が増えている。
 
 さらに核家族化のさらなる進行により、祖父母が親たちを支援できなくなっている。地域がもっていた教育力も低下している。そのため人間として、また社会人として身に付けておきたい人間力や常識力、礼儀・マナー等の躾をほとんど親が担わなければならなくなっている。
 
 このような社会環境の劇的な変化を認識し、それに応じた子育ての知識や技術を、親が学ばねばならない時代になったのである。また知識や技術にとどまらず、対人関係力、公共心や自律心、調和のとれた意欲なども現代において親が学ぶべき事柄だ。いわば親学は親としてだけでなく、人間としての学びともいえるのである。


子育ての喜びを呼び覚ませ

 親学について、もう賛否を論じる段階にはない。すでに国内外で実践され、社会に受け入れられつつある。
 
 1963年、米国の心理学者トマス・ゴードン博士によって親業訓練講座が開始された。子供の問題行動の一因は親にもあるとの観点から、子供への適切な接し方を親に教えることに重点を置いたプログラムで、全米100万人以上の親が受講、全世界に広まっている。
 
 また1970年代、アメリカのミズーリ州では、新入小学生の学習能力にすでに見逃せない格差がある点に着目し、親の学習プログラム「ParentsasTeachers(教師としての親)」を開発、世界の3000カ所で実施されている。
 
 さらに1980年代にはカナダで「Nobody's Perfect(完璧な親はいない)」という親支援プログラムが開発された。当初は、若く経済的に貧しい等の問題を抱えた親を対象としたが、いまでは誰もが参加でき、世界中に展開されつつある。
 
 わが国でも、こうした海外のプログラムが民間主導で導入されている。また奈良県、滋賀県、大阪府等の自治体では、親の学習を進めるためのテキストの作成や講座の実施など、独自の取り組みも行なわれている。
 
 PHP総合研究所では、2005年に教育政策提言「活力ある教育の再生を目指して」を発表した。そのなかで「親学の拠点をつくる」「親学アドバイザーを育成する」との提言を行なった。そして同年12月には「PHP親学研究会」を発足させ、親学講座のプログラムを開発、テキストとなる『「親学」の教科書』『親学アドバイザーの手引き』を制作した。現在、PHP親学研究会の活動を引き継ぎ、親学の普及を目的に設立された親学推進協会が中心となって、全国で親学講演会や親学講座が開催されている。
 
 親学はけっして親の責任を追及し、負担を強いるものではない。むしろ子育ての喜びを呼び覚まし、子供とともに親自身も成長することをめざすものである。言い換えるなら、まず親が変わろうとするのが親学だ。帰宅したら靴を揃えなさいと何度注意したところで、親がしなければ子供はそうしない。親が自らの言動、生き方を好ましいものに改めることで、初めて子供も変わっていく。子供が変われば、教師、学校、地域が変わる。ひいてはわが国の未来も変わっていくのである。

※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。


家族の在り方の変異も若干影響は有りましょうが、何と云っても昭和の或る時期からの素晴しい教育の賜物が全ての諸悪の根源です。自由の解釈を履き違えた諸君が素晴しい事を仕出来しています。経験不足とか知識がないからだとか云々ほざいていますが、根本に自分勝手が鎮座しています。これが有るから、素晴しい事が次々と起こすのです。

強いて云えば、自分が王様か女王様と思い込んでいる事から他者との軋轢が生じるのです。いや、他者だけでは有りません。身内でさえ不遜な言動を取りがちです。嗚呼云った素晴しい人種を生んだ責任は誰に有るのでしょうか。時の政が原因かも知れませんが、貧窮故に家庭を顧みる事が余り無かった時の親にも責任が相当有るかも知れません。

それはそれとして周りがいい人ばかりであったので、その時の子供達は若干恵まれていました。然し、その子供達が親となった時に一寸した異変が起きます。外面の躾は万全で有っても、内面の躾は不完全です。いや、放置と同様です。抑、忙しさ故に家庭を全く顧みる事が出来なかった事で躾はなされていなかったのです。

そうなると、不完全な儘で子供を育てる事になります。周りも外面だけの事が出来ても、内に立ち入る様な事が、立ち入る方法を知らないから出来なくなります。増して、教育環境も素晴しいパラダイスとなれば猶更です。その時に育った子供が親となれば、云わずもがなとなります。負の連鎖が上手く機能してしまった結果です。

親学なるものを今の素晴しい親共に強いても効果等有りません。強いる事が自由を侵害していると思い込んでいるからです。いや、手前勝手な自由を謳歌したいが為に拒否反応を示すのです。三つ子の魂百までの譬えが有りますが、正にそうなのです。大人となってしまっては矯正は不可能なのです。性根が素晴しい親には素晴しい子供が出来る様に、負のパラダイスはこの国が滅ぶまで続いてしまう事でしょう。救いは無い訳では有りませんが、予後不良の傾向は否めません。


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