まあ・・・ええんじゃない?

勝手気儘にだらけたお話しませう。








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まがまがしいな・・・。

奇妙な夏がまた来た
2008年8月25日 The Commons

 去年の8月は奇妙な政治が進行していた。参議院選挙で惨敗した後だけに緊張感を持って政権運営に当たるべき総理が、自分の思い通りに臨時国会の召集が出来ず、何の指導力も見せないまま沈黙を守っていた。「改造人事に時間がかかるのは身体検査があるから」などと馬鹿げた解説が横行し、小池百合子防衛大臣(当時)だけがアメリカでこれ見よがしの派手なパフォーマンスを繰り広げていた。
 
 その事を「弛緩国家」と題するコラムに書いた。尋常でない緩んだ政治が日本を覆っていると思ったからである。その中で、与党には(1)臨時国会の召集を意図的に遅らせ、(2)インド洋での海上給油活動を期限切れにし、(3)海上自衛隊を引き上げさせて、(4)その責任を民主党に押し付け、(5)そのことで民主党を分断する狙いがある、との見方を書いた。与党が参議院選挙惨敗から失地回復するには民主党分断以外には方法がないからである。
 
 海上自衛隊が引き上げる際、安倍総理は国際社会に対する責任が果たせなかった事を理由に辞任表明し、そのことで民主党の小沢代表にも責任論が浮上するシナリオが練られていると私は見ていた。小沢代表のクビを取る為に安倍総理が犠牲になるシナリオである。ところがそうなる前に安倍総理が政権を投げ出し、シナリオは不発に終った。安倍総理には受け入れ難いシナリオだったのだろう。シナリオに対する反発がみんなを困らせる代表質問直前の辞任になった。
 
 今年も8月が巡ってきた。私の目には再び奇妙な政治が映っている。去年、安倍総理は8月末に臨時国会を召集しようとした。海上給油を継続するためには再議決の時間を織り込む必要があったからである。これに反対したのは二階国対委員長ら与党である。召集は9月10日にずれ込んだ。これで海上自衛隊のインド洋からの引き上げが決定的になった。海上自衛隊は11月にいったん引き上げ、国会で法案が再議決された今年1月に再びインド洋に派遣された。従って今回の期限切れは来年の1月中旬である。
 
 今回は時間的余裕があるというのに与党は8月末に臨時国会を召集しようとした。再議決を前提とした召集案である。与党が衆議院の数の力で国会を押し切ろうとすれば、野党は参議院の数の力で押し返すしかない。国会は対決一色になり、民主党が準備してきた自公分断策が飛び出す事になる。参議院で矢野絢也元公明党委員長や池田大作創価学会名誉会長の国会喚問が実現する可能性が出てきた。これに公明党が反応した。
 
 公明党は再議決を前提とした海上給油法案の成立に難色を示し、臨時国会の会期をなるべく短くして国民生活に関わる国会にするよう求めた。もとより公明党が賛成しなければ再議決は成立しない。この時点で海上給油法案の継続は事実上不可能となった。民主党とも折り合える国際貢献策を考えざるを得なくなった。
 
 前の臨時国会で海上給油に代わる国際貢献案として民主党が主張したのは、アフガニスタンにおける国連主導の治安維持活動への協力である。これに対して与党は「海上給油の方がリスクが少ない」事を理由に反対した。私は日本の自衛隊を「軍隊」だと思っているので、リスクの多少を理由にする考え方に怒りを感じた。警察官や消防士もそうだが、兵士は生命の危険を顧みずに職務を遂行する職業である。リスクのない仕事を求める軍隊は恥ずべき存在で国際的にも評価されるはずがない。
 
 そもそも日本が行う海上給油は日本国民の税金でアメリカから買った油を無償で外国に提供する一種の経済支援である。これは冷戦後のアメリカの対日戦略に基づいている。かつての日本はアメリカに自国の安全を委ねることで、より一層の経済成長に邁進した。日米同盟が死活的に必要であった冷戦時代にはそれが可能であった。日本は軍事に金をかけず、せっせと金を貯め込んだ。しかし冷戦後は状況が一変する。アメリカは冷戦の間に日本が貯め込んだ金を吐き出させる戦略に転換した。
 
 巨額の兵器購入や米軍再編に関わる資金協力など日米同盟が財政支出を増大させる一方で、郵政民営化に見られるように世界屈指の金融資産を狙う動きも激しくなった。今や日本は戦後に蓄積した資産を世界から狙われる最大のターゲットとなっている。かつて日本は湾岸戦争に1兆円を越える資金提供をして馬鹿にされたが、実は海上給油もなんらそれと変わらない金だけの支援なのである。当時のアメリカは日本を大国だと錯覚したから金だけの貢献を馬鹿にしたが、今では金を引き出す対象だと見下しているので海上給油は評価される。
 
 福田総理は去年10月の大連立騒ぎで一時は「民主党の安保政策を丸呑みする」事を決断した。民主党とは接点を持てるはずなのである。ところがここに来て海上給油法案の継続にこだわりを見せ始めた。そのせいか臨時国会の日程も決まらないままの状態が続いている。これが私の目には奇妙な政治と映っている。公明党の要求に耳を貸さず、民主党との対決路線をも辞さない理由とは何なのか。それほどのリスクを犯しても余りある何かが用意されているということだ。
 
 最近の政治の動きを見て想像されるのは、北朝鮮の拉致再調査の動きと連動している可能性である。この問題では今年秋までに再調査を終了させることで日朝の実務者同士が合意した。秋というのが何時のことかは分からないが、再調査の結果、何人かの拉致被害者が帰国すれば、支持率が低迷する福田政権にとって逆転満塁ホームランになる事は間違いない。北朝鮮との国交正常化交渉にも道が開ける事になる。北朝鮮の金正日総書記にそれを決断させるには、アメリカの全面的協力が不可欠だ。そのためにアメリカは北朝鮮のテロ指定国家解除をいったんは見送り、北朝鮮に圧力をかけていると見ておかしくない。それならば福田政権はアメリカが求める海上給油を何としても継続するだろう。
 
 最近、山崎拓前副総裁が北京の北朝鮮大使館を訪れて非公式会談を行ったり、シェーファー駐日大使と麻生幹事長が会談している様子を見ていると私にはそのような想像が湧いてくるのである。しかしそれらは全て日本独自の外交というより、金正日総書記やブッシュ大統領など外国に全面依存する以外には実現されない。拉致問題がいくらかでも解決するのは喜ばしいが、私の想像の通りだと日本の政権が外国に頭が上がらなくなるという深刻な問題もまた起こるのである。
私の想像が真夏の夜の夢と消えるのか、それとも現実となって現れるのか、もうすぐ分かる事になる。

政治家の切り崩し方
2008年9月1日 The Commons

 去年の参議院選挙以来与党が最も力を入れてきたはずの民主党分断策が初めて形となって表に出た。民主党から3人の参議院議員が離党して、2人の自民党系無所属議員と合流し、新党を立ち上げようとした。その後1人が離党を撤回したので、参議院民主党は2人減る事になった。民主党分裂は予想通りで驚くには当たらないが、注目すべきはその規模とタイミングである。与党は「これは第一弾だ」と言っているので続きがあるのだろうが、それにしても「凄み」を感じさせない「第一弾」であった。
 
 去年の参議院選挙で野党に権力の半分を奪われた与党は、野党の言い分を取り入れて与野党協力の政権運営を行うか、あるいは権力の半分を奪い返すために野党と対立して切り崩し工作を行うか、この二つしか道はなかった。解散・総選挙で権力を奪い返す方法もあるが、参議院には解散がないため、与党は選挙で権力を奪い返す事が出来ない。従って切り崩し工作で参議院の野党陣営から17議席を引き剥がす事が唯一権力回復の道である。
 
 与党が衆議院で三分の二以上の議席を持っていなければ、与党は再議決が出来ないから、野党とは対立せずに協力して政権運営に当たるしかなかった。ところが幸か不幸か郵政選挙で与党は三分の二を越える議席を持っていた。与党は再議決を使って野党と対決する路線を選択した。これが「ねじれ」政治の始まりである。それは同時に水面下で野党切り崩し工作に取り掛かる事を意味した。
 
 政治家の切り崩しに使われるのは通常「買収」と「脅し」である。大義を説いて考えを変えさせた例など私は知らない。政治家にとっての死活問題は選挙である。落選は「死」を意味するから、選挙での当選を確約する事が政治家には最も魅力的だ。そのためには「選挙資金の面倒を見る」という「買収」か、「選挙区に強力な対立候補を立てるぞ」という「脅し」か、或いは「言う事を聞けばスキャンダルは出さない」と耳元で囁く事が最も効果的である。
 
 去年の参議院選挙後、私は「与党が最も力を入れているのは野党議員一人一人のスキャンダル情報の収集である。それも本人だけでなく家族、親戚にまで範囲を広げてスキャンダルを探しているはずだ」と言ってきた。それがこれまで私の見てきた権力の常套手段だからである。スキャンダル情報を集める目的は暴露するためではない。暴露しないからこそスキャンダルは価値がある。スキャンダル情報を握っていれば誰にも知られずに政治家を動かすことが出来るのである。
 
 1986年に衆参ダブル選挙を仕掛けた中曽根総理の党内切り崩し工作は見事だった。中曽根派以外の全派閥がダブル選挙に反対する中、中曽根総理は「脅し」と「買収」を使い分けて派閥切り崩しを行った。まずは最大派閥の竹下派をターゲットにした。竹下大蔵大臣のスキャンダルが写真週刊誌に報じられて竹下氏の姿勢が一変する。竹下氏がダブル選挙に同意するとスキャンダル報道も下火になった。次いで田中角栄氏が病に倒れて後ろ盾を失った二階堂グループが切り崩された。「選挙資金の面倒を見る」というのが口説きの決め手だった。中曽根総理の意を受けて竹下氏が盟友関係にある安倍晋太郎氏を説得し、金丸幹事長も賛成に転じて反対は宮沢派だけになった。中曽根派だけの賛成が半年も経たないうちに宮沢派だけの反対に変わった。こうして衆参ダブル選挙が実現した。
 
 参議院選挙惨敗後の自民党は86年のダブル選挙とは比べものにならないほど逼迫した状況にある。与野党協調路線をとらずに野党切り崩しの道を選んだ以上、党を挙げて切り崩し工作に全力を傾けるだろうと、その手腕に注目していた。その結果が今回の「第一弾」である。いささか拍子抜けした。離党届を出した渡辺秀央、大江康弘の両参議院議員はかねてから反民主党的行動を取っており、いわば離党予備軍の主役である。この2人以外の議員が離党して、2人が離党していなかったら今回の離党劇には「凄み」があった。後に続く人間がまだ居る事を確信させたからである。しかし主役が先に飛び出したのでは余りに軽い。「他に居るの?」と思わせてしまう。
 
 次にタイミングである。小沢代表の代表選出馬表明にぶつけたと言われるが、それならただの嫌がらせである。打撃にならない。臨時国会が始まれば海上給油法案など民主党分断につながる格好の材料がいくつもあり、離党がもっとインパクトを持つタイミングがあったはずである。しかしそれよりも前に仕掛けをした。仕掛けが早すぎたのか、それとも「買収」と「脅し」が効かなかったのか、姫井由美子議員は1日で離党を撤回した。
 
 これまで与党幹部が口にしてきた民主党分断の最大のタイミングは衆議院選挙で民主党が過半数を取れなかった時である。小沢代表の責任論を浮上させ、執行部に不満を持つ勢力が批判の声を上げた時、政界再編を仕掛けるというのがシナリオだった。それまでにスキャンダルも含めて切り崩しの材料を溜め込んでいるのだろうと私は見ていた。今回の「第一弾」はその時の「受け皿」作りを狙ったのかもしれない。しかしこれでは逆に警戒され封じ込められてしまう可能性がある。
 
 次の衆議院選挙で与党が過半数を獲得し、民主党の政権交代が実現出来なかったとしても、与党が三分の二を越える事は難しい。再議決はなくなる。参議院で否決されれば全ての法案は通らない。圧倒的に野党に有利な国会になる。そうなれば参議院の野党を切り崩す事は今より難しくなる。政権交代が出来なかったことで小沢代表の責任論が浮上したとしても、民主党が衆議院で倍以上の議席数を獲得する事は確実だ。それが民主党分裂の引き金になると考えるのは相当に無理がある。しかし与党の考えはそうではない。何か秘策でもあるのだろうか。
 
 何があるかと考えると、やはり北朝鮮から拉致被害者を帰国させる事しか考えられない。前回のコラムでその事を書いた後、福田総理が拉致被害者の帰国を第一目標に外務省幹部にはっぱをかけているという報道があった。日本の自主的な外交努力で拉致被害者が帰国できればそれは本当に喜ばしい。しかしそのためにアメリカにお願いをし、アメリカにすがりつく事になると、また別の問題が派生する。金融不安にあえぐアメリカ経済の尻拭いをさせられかねない。それともそれでもやろうというのだろうか。

やはり奇妙な夏が再来した
2008年9月2日 The Commons

 安倍前総理に続いて福田総理もまた1年足らずで政権を投げ出した。やはり去年に続いて今年も奇妙な夏が再来した。福田総理が会見で語った辞任の理由は、「内閣改造後の一ヶ月間に難しい政治状況が起きて、臨時国会を乗り切る自信がなくなった」と言うことである。本人は「臨時国会の途中で総辞職するよりも、国会が始まる前に辞任した方が政治空白を作らない」と理性的な判断である事を強調したが、私には安倍前総理と同様の「プッツン」を感じた。自分を追い詰めた自民党内の勢力に対する抗議の辞任である。
 
 そもそも福田総理は参議院選挙惨敗を受けて困難を覚悟で総理を引き受けたはずだ。与党が参議院で過半数を失ったという現実は、野党の言い分を取り入れて協力しながら政権運営をしなければうまくいかない。「戦う政治家」を標榜しイデオロギーを前面に出す安倍前総理ではうまくいくはずがなかった。福田総理は安倍前総理と違ってそのことを良く理解していた。だから就任と同時に民主党の小沢代表とまるで同じ「自立と共生」という看板を掲げ、何を言われても「柳に風」と受け流す姿勢を貫いた。
 
 この「柳に風」が小泉フィーバーに浮かれた国民には物足りなかった。福田総理に対する批判の最上位は常に「指導力がない」である。しかし参議院で過半数を失った総理が「指導力を発揮」できるはずが無い。それは本人の資質というより政治の構造がそうなっているのである。政治の分かった人間には当たり前の事が政治未熟児には分からない。小泉政治にフィーバーした素人ほど福田政治に幻滅した。福田内閣の支持率を押し下げたのは初めから終わりまで小泉政治の幻であった。
 
 この国の二院制を理解している福田総理は、去年の11月に民主党の小沢代表に対して「安全保障政策を丸呑みする」と言って大連立(保革連立政権)を提案した。民主党の安全保障政策を丸呑みするという事は、アメリカが要求するインド洋での海上給油活動から国連が主導するアフガニスタンでの治安維持活動支援に切り替える事である。それを福田総理は受け入れようとした。アメリカがそれにどう反応したかは知らない。しかし福田総理はそれをやろうとした。
 
 大連立が頓挫した後、与野党が対決モードに入って国会が機能しなくなるのは仕方がない。アメリカが作った日本国憲法は二院制をそのように規定していて、「ねじれ」が起きると政治は機能しなくなる。それを避けようとすれば野党の言い分を丸呑みするか、憲法を変えるしかない。しかし自民党は野党との協調よりも政治が機能しなくなる道を選んだ。民主党を挑発して揺さぶり、参議院の民主党議員を切り崩して権力を取り戻す戦略を採用した。それは福田総理が思い描いていた政治手法とは異なるものだと私は思っている。
 
 例えば道路特定財源問題で福田総理は当初から一般財源化を考えていた。しかし自民党道路族はこの問題を民主党分断に使えるとして、福田総理の一般財源化方針を容易に認めず、一般財源化に当たっても様々な制約を加えようとした。これに対して味方になるはずの自民党改革派は非力さを露呈して全く支えにならなかった。その結果、内閣支持率はどんどん下がり、山口2区の補欠選挙も惨敗した。一方で民主党の道路族である大江康弘参議院議員が行った分断工作は、結局は今回離党した渡辺、大江の二人の参議院議員だけが党に反旗を翻すという寂しい結果だった。
 
 その間に自民党政権の負の遺産が次々現れては内閣支持率の足を引っ張った。会見で福田総理は政治資金問題、年金記録問題、防衛省不祥事、C型肝炎などを列挙して、なぜか後期高齢者医療制度を口にしなかったが、最も福田政権の足を引っ張ったのは小泉政権の負の遺産である。その対応に忙殺されるだけで通常国会は終った。そして悲しい事に最も足を引っ張っている小泉政治を表立って批判することが福田総理には許されない。自分も官房長官としてその一員だったためだ。これがまた福田政治を分かりにくくした。
 
 野党との国会運営が困難な事は初めから分かっていた。それを乗り越えるには対決型の小泉・安倍政治と決別しなければならない。通常国会が終るのを待っていよいよ「福田カラー」を打ち出そうとした。そのためには内閣改造が必要だ。ところがその前に足元から与党が崩れ始めた。まずは公明党の離反である。公明党は海上給油法案の再議決に反対した。民主党とは事を荒立てたくないという事である。そして国民生活優先の経済対策を要求した。しかしこれらはいずれも「福田カラー」で十分に受け入れ可能のはずである。
 
 内閣改造は小泉政治に対する決別宣言となり、同時に公明党が喜ぶ布陣となった。福田総理は「内閣改造後の一ヶ月間に政治状況が難しくなった」と言ったが、私が前々回のコラム「奇妙な夏がまた来た」の中で奇妙だと感じたのはやはり内閣改造後の福田総理の発言である。急に海上給油法案の継続にこだわり始めた。「民主党の安保政策を丸呑みする」と言った総理が、公明党も反対している再議決に何故こだわるのか。私は北朝鮮の拉致被害者を帰国させる事と海上給油法案の継続でアメリカと取引をしたのではないかと想像した。それはもう一方で拉致被害者の帰国が実現すれば福田総理の手で解散に踏み切る事をも意味する。それに福田総理は乗せられようとしていたのではないか。
 
 そこで今回の辞任劇の背景である。自民党内には小泉氏を中心に福田総理の手で解散をやらせようとする勢力があった。福田総理が内閣改造で麻生幹事長を起用し、「禅譲」を臭わせた事に対する反撃である。もし「禅譲」が実現し、麻生総理が誕生すれば、小泉路線は今よりもさらに排撃され、自民党内での存在感は薄くなる。それよりも福田総理に解散をやらせて自民党が衆議院選挙で敗北すれば、麻生幹事長も連帯責任を問われて次の自民党総裁選に出馬する事が難しくなる。どうせ誰が総理になっても選挙には勝てない。それならば野党になった自民党の中で、民主党政権を打ち負かせるのは誰かと選択させれば、小泉氏に再び脚光が当たる事になる。
 
 福田総理はあやうくそのシナリオに乗せられて拉致被害者の帰国に政権の命運を賭けようとした。しかしそれが実現困難と判断したのか、あるいは麻生「禅譲」を潰すシナリオだと分かって考えを変えたのか、とにかく自らの手で解散をする事や、自らの手で海上給油法案の再議決に踏み切る事を拒絶した。それが辞任会見を見た現状での私の想像である。
 
 かつて大連立騒ぎの時、私は福田総理を現代の徳川慶喜だと言った。幕末には倒幕を叫ぶ脱藩浪人が京都の朝廷の下に集まり、江戸と京都に二つの権力が生まれた。徳川幕府の政治は機能不全に陥り、窮地に引っ張り出されたのが徳川慶喜である。慶喜は家康に匹敵する知恵者で時勢に逆らうほど愚かではなかった。朝廷(野党)に大政を奉還し、公武合体(保革連立政権)を策して徳川家の生き残りを狙った。しかし公武合体はならず、西郷隆盛の陰謀と挑発で鳥羽伏見の戦いが始まる。すると慶喜はリーダーであるにも拘らず戦場から逃げて江戸に戻り、上野寛永寺に篭ってしまうのである。
 
 福田総理もまた大連立(保革連立政権)を策したがそれが否定され、選挙による政権交代が近づくと、戦うことをやめて総理を辞任した。最後の最後まで福田総理は徳川慶喜と良く似ている。まさに現代は幕末そのものだと私には思えるのである。
(田中良紹)

※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。


<首相退陣表明>極秘決断 夫人にも相談せず
9月2日3時0分配信 毎日新聞

福田康夫首相の退陣準備は極秘の内に進められた。

 首相は1日の記者会見で、退陣決意は先週末と語ったが、実際はそれよりも早かったという。ただ首相は周辺にも一切退陣の意思を漏らさず、貴代子夫人にも相談しなかった。

 首相は退陣表明の記者会見の草稿執筆を菅原郁郎秘書官に命じ、菅原氏は31日夕、首相官邸の秘書官室で一気に書き上げたが、会見直前まで官邸外には一切漏れなかったようだ。

 首相は退陣表明の記者会見後、肩の荷が下りたのか、「表明のタイミングは9月1、2、3日ぐらいしかなかった。小沢(一郎民主党代表)さんの立候補が決まった日に合わせた」と周辺に本音を語り、退陣表明-自民党総裁選によって、民主党代表選を希薄なものにしたいとの考えだったことを明かした。

 「29日の所信表明と(民主党も公明党も)言っているのだから、新首相が29日にやればいい」とも語った。


「政権崩壊」 公明離反で孤立感
9月2日14時6分配信 産経新聞

 「この難局で首相を続けることは難しいので辞めようと思う。華々しく総裁選をやって、君の人気で自民党を蘇らせてほしい」

 首相、福田康夫は1日午後6時前、幹事長・麻生太郎を首相官邸の執務室に呼ぶと唐突に辞意を打ち明けた。首相は続いて官房長官、町村信孝を執務室に呼び、辞意を伝えた。町村は狼狽(ろうばい)し、「考え直してください」と翻意を促したが、福田はさばさばした表情でこう告げた。
 「いろいろ悩んだが、これは私が決めたことだ」
 麻生は決意が固いとみると、こう言って深々と頭を下げた。
 麻生「首相のご決断は尊重します。いつ表明するのですか?」
 福田「今からだ」
 麻生「ちゃんと関係者にご相談の上で表明なさってください」
   × × ×
 唐突にみえる辞任だが、予兆はあった。
 8月20日夜、神奈川・箱根で開かれた自民党町村派の研修会が終わると、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三の首相経験者3人と元幹事長、中川秀直ら町村派幹部が山梨県の河口湖畔の別荘に結集した。
 「福田さんは自分で解散する考えはないな」
 小泉がこう切り出すと出席者の一人が「それはそうだ。任期満了までじっくりやればいい」と言ったが、小泉は首を横に振った。
 「そこまで持たないだろう…」
 一同が黙っていると森はこう言った。
 「総裁選になれば、麻生も小池(百合子元防衛相)もみんな出ればいいんだ」
 同じ夜、福田は改造前の閣僚を首相公邸に招き、慰労会を開いた。
 「とにかくいけるところまで頑張りたいので、よろしくお願いします」
 福田の短いあいさつに前閣僚らは顔を見合わせた。
 「任期満了まで頑張ると言いたかったのか。それとも行き詰まったらきっぱり辞めるつもりなのか…」
 公明党が臨時国会召集日にまで注文をつける中、首相の孤立感は深まっていた。
   × × ×
 福田は麻生に辞任を告げるまで誰にも相談した形跡はなく、1日夜の辞任会見に自民党関係者は激しく動揺した。
 中川秀直は「とにかく驚いている。首相が決断した以上、自民党らしく開かれた総裁選を行い、新しい布陣をつくることに全力を挙げたい」。元幹事長の加藤紘一は「驚いた。党には計り知れない打撃だ。これを取り返すのは容易ではない」。参院議員会長の尾辻秀久は「首相の判断は理解できない。誰がやっても厳しい状況に変わりないのに…」とこぼした。
 年内解散に向け、福田政権に圧力をかけていた公明党も動揺を隠さない。代表の太田昭宏は「正直言って驚いている。首相として熟慮した末の判断だろう。首相の発言を重く受け止めたい」と厳しい表情のまま。
 福田の辞任会見を受け自民党本部には麻生ら同党役員が続々と参集し、対応を協議した。
 焦点は党総裁選。「民主党の代表選より後に総裁選をやるべきだ」「辞任ショックを吹き飛ばすために総裁選は早ければ早いほどよい」-。議論は2日未明まで続き、最終的に同日の党役員会で決めることになった。
 早くも与党内の関心は総裁選に移っている。焦点は候補者だが、麻生が出馬の意向を固めているほか、小池や町村、元政調会長、石原伸晃、国土交通相、谷垣禎一、消費者行政担当相の野田聖子の名前も浮上しており、乱立する可能性も出てきた。
 福田が後見人の元首相、森に電話で辞意を伝えたのは1日午後7時半すぎ。森は沈痛な面持ちで電話を切ると、側にいた中川にこうつぶやいた。
 「とにかく様子をみよう。安倍、福田と2代続けて迷惑をかけたのだからしばらくは謹慎だな…」


長い長い引用記事で途中離脱した方も大勢居る事でしょう。これには訳が有って、康夫の辞意に至った本当の理由を、明白にする為に、必要不可欠な事なのです。因みに、引用記事の類に沿う様な事は、此処では先ず有り得ません。この事を念頭に置いて頂いて、本題に入る事とします。

直接の切っ掛けは太郎の暴走に尽きます。先日の新党立ち上げ騒動に、太郎が関わっている旨を仄めかすお話を此処で語った事が有ります。本当に康夫は事の顛末を知らされていなかった様で、怒り心頭且つ大いに落胆した事だろうと思われます。呼び付けて叱り飛ばそうと思いましたが、自由民主党党内がこの茶番劇に浮かれて、後先考えていない脳天気な様子に愕然とします。

康夫が敢えて太郎の名を挙げて禅譲云々を仄めかさなかったのは上州男子の意地故です。敢えて卓袱台を引っ繰り返す様な辞意表明したのは、全てガラガラポンにしたいが為です。太郎との禅譲の約束を反故にしたいが故に、抜き打ち的にやったのです。それには太郎は唖然とします。誰よりも早く出馬宣言を急いだ理由が有るのです。

何せガラガラポンにされてしまったので、マスメディアは太郎だけを持ち上げる様な事は無く、勝手に色々な人物を持ち上げている始末です。いや、左傾化が著しいマスメディアの狡猾な偏向報道でしょう。云って置きますが、太郎は保守派では有りません。かと云って中道右派でもないのです。完全なる中道左派です。売国を生業とする勢力にズボズボ嵌っています。そうそう、あの方も当然乍ら然りです。

嗚呼云った捻くれた輩が集っている政界が可笑しいのです。いや、懐に幾ら入るかを勘定しているのに誰もが没頭している狭い世界観故でしょう。そんな巫山戯た輩を生んだ責任は、今までの有権者に有ります。何にでも他人任せの度合いが過ぎた所為です。本来はそこから意識構造改革がなされるのが先なのです。ですが、他人任せが好きな癖に自分の非を問われると激昂する日本民族的質故にそれが出来ないでいるのです。


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